「…好きです」
炎の守護聖オスカー様を、森の湖に呼び出した。 精一杯の心と、手作りのチョコレートを手にして、私は告白をした。 語尾が震える。ちゃんと言えているのかな。 思わず俯いてしまったから、オスカー様、あなたがどんな顔をしているのか分かりません。――多分、喜んでいない事は、この僅かな沈黙がこの先の答えをくれている。 私たちだけしかいない湖。滝の音が私たちの間に染み渡る。 答えが欲しいです、オスカー様。例えその結果に私の恋が終わるとしても。
俯いたままの私に、オスカー様の声が降りて来た。
「…お嬢ちゃんの気持ちは嬉しいんだが…俺はお嬢ちゃんの気持ちには応えられない」
目の前が暗くなる。でも、予想した以上には堪えなかった。 分かってたから。 馬鹿じゃないから分かります、オスカー様。 オスカー様の未来には、私は必要じゃないって事。私はあなたにとって「たくさんいる女の子」のひとりにしか過ぎないって事。代替可能な存在でしかなかった事。私ではオスカー様の心の奥深くにまでは踏み込めなかった事。 様々な思いが過ぎていく。私は伸ばした腕を引っ込め、チョコレートを胸の中に抱え直した。
「あ、あは。やっぱりそうですよね。何となくそうなんじゃないかって思ってました。…じゃあ、チョコもこのまま持って帰りますね」 「本当に――」
舞い上がってた自分が恥ずかしい。 少しでも自分に気持ちがあるのかも、なんて。 今だけはオスカー様の声を聞きたくなくて、私にしては珍しく彼の言葉を遮った。 答えをくれた以上、言わなければならない事があるから。 私はぺこりをお辞儀をした。
「お返事、きちんとしていただけてよかったです。ありがとうございました」 「いや、俺は別に――」
そして、言い終わったならば消えなければ。彼の前から。 彼の目が見られない。でも、ちゃんと、笑顔にはなっているよね? ぎこちないかもしれないけど、笑っていられてるよね? だからどうか、あなたも笑って下さい。最後の思い出としてあなたの笑顔が欲しいから。
私は彼の目を最後まで見ずに走って逃げた。
…何度も試食したんだけどな。 恋人でもないのに手作りのチョコレートなんて重たかったかな。でも買って済ませるなんて事、出来なかったんだよ。 万が一にも付き合えるだなんて思ってもなかった。あんな人と子供っぽい自分とが付き合える筈無い。でも夢が見たかった、それだけ。
あなたはきっと気付かない。 オスカー様にとってみれば他愛ないからかいの言葉に、どれだけ私が翻弄され、心を狂わされたか。惑わされた挙句、好きになってしまった事を。
でも、やっぱり、…チョコを食べてほしかったです。
大好きな、オスカー様。
------------------------------------
真っ直ぐ家に帰ってチョコレートをゴミ箱にぶち込んでご飯も食べずに不貞寝した。 何にも考えたくなくて。誰にも何にも言いたくなくて。全てを忘れてしまいたくてすぐにでも寝入ってしまった。ひどく疲れを覚えていたから。 何度も同じ夢を見て汗をかいたわりにはびっくりするぐらい、よく寝た。目が覚めた時には真昼だった。寝ぼけ眼をぐしぐし擦りながら起き出す。パジャマ姿のままよたよたと窓辺に向かい、カーテンを開けた。眩しさに一瞬目を瞑る。 昨日でも今日でも、あんまり世界は変わってないのね。
一夜明けてもあの時の事を一瞬前の事のように思い出す。 あの人の声音。あれは…どういう意味だっただろう。からかえる相手がひとりいなくなった、その程度の痛みしか感じられなかった。 あなたにとって、私は所詮その程度しか意味を持たなかったのですね、オスカー様。…それでも、からかいの相手として私を数に入れてくれただけでも嬉しさを感じるのは好きになった者特有の弱みですか。 涙が込み上げてきて、パジャマの袖口で拭った。違う、泣きたいんじゃないの。終わったのなら終わったのでしなきゃならない事がある。
…負けるもんか。 絶対、負けてたまるか。
あなたが嫌いだと言った、おろおろと泣いているだけの女にはなりたくない。見返したい。あなたを後悔させたいの。あの選択が間違っていた事を。 何が何でも負けたくないわ。
…試験で勝ったならば、あなたは私を仰ぎ見てくれますか。 その時こそ、私はあなたの目を真っ直ぐ正面から見られるでしょうか。
…笑顔で。
おしまい
|