偽装結婚式


 ここは港町ティムニー。
 そして神像を探しているロディたち一行は今は船の上にいた。
 なぜか偽装結婚式をする羽目になってしまったセシリアは、この場にはいない。
 ロディは窓の外の景色を眺め続けていた。
 式まであと1時間半。
 暇だった。
 どうも、セシリアがいないと手持ち無沙汰のような、変な感覚がする。
 セシリアがいないといつもと違うと思った。
 いつの間にか3人でいる事にも慣れてきている、そう思った。
 ゼペットがいなくなったからというもの孤独な日々を送っていたが、その辛さも癒されてきているのかもしれなかった。

「おい、ロディ」
 思考の海を泳ぐロディにザックは声をかけた。
「神像を確保に行ってくる」
「え?」
 結婚式騒ぎですっかり忘れ去られていたが、本当はここに神像を探しに来ていたのだった。
 そして、バーソロミュー船長の持つ怪しげな像こそが神像なのではないかと見当を付けてここに来たのだった。
「そういう事なら、俺も行くよ」
 と腰を浮かせかけて、ザックに押し留められた。
「ここで姫さんを1人にするのは良くないだろ。姫さんが魔族に狙われたら彼女1人じゃどう考えても不利だ。お前が守ってやれ」
 そう言われるとその通りだ。
 上手い具合に説得されて、ロディはここに残る事にした。



 式まであと30分。
 ARMの調整をしているうちにあっという間に時間は過ぎた。
 今のところは何事もない。
 いざという時のために注意だけはしておかなければ。
 そしてドレス姿じゃ容易に行動出来ないであろうセシリアを守ってあげなければ。
 その時、控えめなとんとんというノックの音がした。
 返事をしたらドアが開いて、その向こうにウェディングドレス姿のセシリアがいた。
 予期せぬ人の到来に、思わずぽかんと口を開いた。

 言葉も出ないくらい。
 すごく、きれいだった。

 いつもの活発そうな服装もセシリアらしいけれど、このような豪華なドレス姿を見るとやはり彼女は公女なのだと痛感させられる。
 白。気品のある彼女にはこの上もなく似合っている。
 式の間セシリアの隣に立つのはバーソロミュー。そう思うと何だか自分の気持ちがもやもやするのを感じた。
 ……この気持ちは何だろう?
 身じろぎもせずずっとセシリアを見つめ続けるロディを前にして、彼女は勘違いをしたようだった。
 困惑した目を向ける。
「……あの。おかしい、ですか? 似合ってない……ですよね、やっぱり」
 慌てて首をぶんぶんと振る。
 態度じゃなくて、言葉でちゃんと説明しなければ。分かっているけど口下手なロディはなかなか言葉が出てこないのだ。
 ロディは慎重に言葉を選んだ。選んだ挙句結局出てきたのは、

「似合うよ。すごくきれいだよ」

 の一言だった。
 それでもセシリアは頬を染め、小さな声で例を述べた。
 その仕草が愛らしくて、ロディは無意識にどきりとしてしまう。
 どきどきしている事がばれないようにロディは慌てて言葉を探した。
「え、と。セシリアはどうしてここに? 決まりごとの暗記してたんじゃなかったの?」
「それが、決まり事の最終確認をバーソロミュー船長としようと思っていたら当の本人がどこにもいないので探しているんです」
「ここにはいないよ。ここには一度も来なかった」
「そうですか、……もう式まで時間がないのに、困りましたね」
 そうまで言って、セシリアは何かにはっと気付いたようだった。
「そういえばザックとハンペンは? もうすぐ式だというのに、どうして彼等もいないのですか?」
 神像を探しに行ったと伝えると、セシリアは半分納得、半分怒った顔で、
「私がこんな不愉快な思いをして頑張っているのに、どうしてあの人たちは好き勝手しているんでしょう。神像を見つける事も大切な事とは思いますが……」
「不愉快なの?」
「当然でしょうッ!」
 あまりにはっきりとした宣言に、思わず苦笑がもれてしまう。
 バーソロミュー船長に遠慮する余裕もない程嫌なのか。
「笑わないで下さいよ、ロディッ! 私だって、一応女の子なんです……いつか素敵な人と迎える結婚式のためにあれこれ考えたっていいでしょう? その相手がバーソロミュー船長なんて……船長の事は嫌いじゃありませんけれど、私の理想は別の人です」
 きっぱりと、言い切る。
「相手がバーソロミュー船長ではなくてロディだったら良かったのに。そうしたら、偽装は偽装でも楽しい偽装になっていたでしょうね」
「え」
 俺? と、思った。
 セシリアの少しいたずらっぽそうな笑顔。赤い頬。
 思わずその「もしも」の世界を想像してしまう。
 何だか。妙に似合っている、そういう気がした。そういう未来が来たっておかしくない、そうおもわせる程その想像は現実的で。

「セシリアさーん、どちらにいらっしゃるんですかーッ!」

 呼ぶのはトムの声。
 我に返る二人。
 赤い顔のまま、逃げるようにセシリアは早口で告げた。
「そろそろ始まるようですね。それではのちほど甲板でお会いしましょう」
 ドレスの裾をひるがえして、セシリアは去り際も優雅に消えていった。



 1人取り残される、ロディ。
 心臓に手を当てて考える。
 何だろう。どきどきした気持ちが治まらない。
 こんな落ち着かないままで偽装結婚式に出席しなければならないのだろうか。
 ロディは、深呼吸して覚悟を決めた。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
もっと派手にらぶらぶさせてみたいものですが、うちのロディはどうも地味で。
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