ドウセイセイカツ。


 真っ黒に焦げた目玉焼き。ロディは目の前に差し出されたそれを見て、ほんの一瞬だけ視線を反らした。時々は自分だって裏側の黒くなった目玉焼きを拵える事もあるけれど、けしてここまでの域ではない。ゼペットを失ってから、セシリアとザックに会うまではひとり旅も長かったから、料理なんてものは手馴れている。考えてみれば、3人で行動していたあの時はずっとザックかロディが料理当番で、セシリアにそれが回ってくる事は無かったのだ。人数に合わない大量のヤキソバを作り上げるだろう事を予想してザックと2人で決めた事だった。つまり、ザックもロディも実際にセシリアが料理を作るところを見た事も食べた事も無かったのだ。
 それが今こうして裏目に出ている。
「あの、これって…」
目玉焼きであるかどうかの判別さえ困難な、薄っぺらくて黒い円状の何か。中央部分が膨らんでいるのが、それが目玉焼きであるというささやかな主張だった。
 それでも問わずにはいられなくて、ロディは困った顔して質問した。
「これって…目玉焼き…だよ、ね」
「だよね?」と訊こうと思ったのに、セシリアの俯いた表情に耐えられなくて語尾は下がっていった。見えないけど、これは目玉焼き。うん、きっとそう。セシリアの口癖を思い出す。「絶対に絶対です」。そうだ、今が「絶対」の時間なのだ。大切なのは思い込む事。
「ごめんなさい…」
 セシリアはというと、蚊の鳴きそうな声で謝罪してくる。朝からもう10回目だった。

 ロディとセシリアは長い交際の果てに同棲を始めた。
 このように出来たのも、セシリアが王位をヨハンに譲り、一般家庭へと下ったからだ。他に王家でもあればそちらに嫁に行く事になったに違いないのだろうけれど、アーデルハイド家以外に残っていたアークティカ王家も滅んで久しい。つまりは、王家なんてものは殆ど意味が無いのだ。それにセシリアがいつまでも姫である事を望まなかった事もある。
 一般人となったセシリア。こうなった以上王家の者ではなく、かといって一般人にもなりきれない微妙な位置に置かれた彼女だが、さしあたってしてみたい事は? とのロディからの問いに、恥ずかしげにしながらもぽつりと漏らした希望が「一緒に住んでみる事」だった。なるほど一般人らしい。
 そんなこんなで、今日から始まった同棲1日目。
 …早速困難は訪れている。

「も、もう食べなくてもいいですッ! こんなのは、わたしは食べますからッ」
 言いながら、机の上に置かれた皿を自分の方へと寄せるセシリア。ばつが悪そうに、今日は一日中ずっと目を合わせてくれない。それが少し、寂しい。「こんなの」なんて。ロディはちっとも思ってないのにセシリアは自らを責めながら、折角自分の作ったものに対しても判断をからくしている。
「そんなわけにはいかないよ、セシリア」
「だけど…こんな真っ黒こげなものを食べさせて、ロディの体調を悪くさせたら…」
「ならないよ。ちょっと焦げちゃっただけじゃない。何とも無いよ」
「…ですけど…」
「それにほら、今日はちょっと、…その、アレだったかもしれないけど」
 まさか本人の目の前で「ダメだった」とか「失敗だった」とか口にするわけにもいかず、ロディは曖昧に言葉を濁すと続けた。
「俺もそうだったけど、料理って突然上手くなるわけでもないし、最初から上手いわけでもないしさ。何年か辛抱強く続ければ、きっとセシリアの満足するようなものが作れるようになるよ」
「そう…確かに、そうかもしれませんが…」
 黄色い、まだ真新しいエプロンに身を包んだセシリア。見慣れていないのも手伝って、何だか「着ている」と言うよりかは「着られている」と言った方が相応しいその彼女の姿が微笑ましく映った。誰だって最初は「着られている」。自分だってそうだった。料理に限らず、何だって。渡り鳥として生活を始めたばかりの頃は坊主だと言われて相手にもされなかった。
 セシリアに、どう言ったら上手く伝わるだろう。頑張ってくれるのは嬉しい、他でも無い自分のためにセシリアが頑張ろうとしてくれている事は嬉しいに決まってる。けれど、だからといって頑張りすぎる必要なんて何処にも無いのだ。一度些細な失敗をしたからといって絶望する必要は無い。セシリアが根を詰めすぎるところのある人だと知っているロディは、考え考え自分の言葉を口にした。
「セシリアの気持ちが嬉しいんだ。…なんて、月並みだけど」
「ロディ…」
「出来なんて関係ない。セシリアが他の誰でもない、俺のためにご飯を作ってくれた。それが嬉しいんだ。だから美味しく感じられるんだよ」
「あの…その言葉、すごく嬉しいです」
「ね? だから、食べよう?」
 首を心持ち傾けて誘えば、ようやくセシリアからは小さな笑顔が生まれた。
「…はい」
 どんな出来のものだって。二人なら、きっと美味しい。



 そして翌日。
 ロディがやっぱり体調を崩したのは、言うまでもない。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
何で同棲? とか、そういう事は気にしないで読むのが正解です。
私が同棲シチュで書いてみたかっただけなんです。えへ。
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