今日は、初めての野宿だ。
バスカーへ行くつもりが思ったよりも遠かったので、ここで野宿する事にした。
野宿なんて初めてです、と二人と1匹に浮かれて話したら、
「あのな。そう面白いものじゃないぞ」
とザックに釘を刺された。
そうだろうか。浮かれているセシリアには分からない。
食事を終え、3人は並んで眠る事になった。
くじで誰が真ん中になるか決めた。
セシリアに当たる。
「残念だったな姫さん。真ん中は窮屈だろうか我慢してくれ」
そして今、セシリアは野宿を楽しみなんて言って後悔している真っ最中だった。
(狭い……)
本当に狭い。あんまりかさばるテントは運ぶのにも一苦労だから、小さ目を選ぶのも気持ちは分かる。分かるのだが。
虫の音。
ざわざわと風のなる。
それに合わせるように立てる誰かの寝息。
……ちょっと、くっつけすぎなんじゃないだろうか。
仲間とはいえ、若い者同士をこんなに密着させていいのだろうか。
どきどきして眠れないのだ。
いくら隣のロディが眠っているとしても。
すうすうと寝息を立てる彼を見て、ふいに笑顔がこぼれるのを覚えた。
(可愛い寝顔)
人は、眠っている時には誰しも子供の顔に戻るのだという。
15歳のロディは今全く無防備な赤ちゃんのようだった。
急に、ロディが寝返りを打った。顔がこっちを向く。
どきっとした。
そしてそのまま寝返りは止まることなく、ロディの左腕が大きく伸びてセシリアの右腕に触れた。
(???!?!!!!!?!!)
声には出さず、しかしパニックになる。
ロディはうつ伏せになっていて、彼の腕が自分の右の二の腕を掴んでいる。
半分抱き締められたようなかっこう。
セシリアの左腕はいまやロディの体の下にあった。
動けない、と最初に思った。
意外にがっちりと掴まれているのだ。
(どうしましょう)
完全に眠っているので、起こすのも悪い。
仕方がないのでこのまま眠ろうと決意した。
心拍数がマックスの状態で眠れるのかは不明だが。
「……が……う、」
「え?」
「……て」
何か、寝言を言っている。
耳を澄ますが何しろ寝言なのではっきりとした言葉にならない。
見ているのが悪い夢でさえなければいいが。
「きゃっ……ロディ?!」
思わず、声が出た。
ロディの腕の力が急に強くなったのだ。
悪夢を、見ているのか。そっと顔を窺うと、ロディの顔は特にはそのような様子もない。
ほっと息をついた。ついたら、どっと眠さが押し寄せてきた。ちょうど彼の腕の力も抜けてきたので、そのままセシリアは寝入ってしまった。
*
朝。目覚めていればロディが自分の隣でハプニングが起こっていた事など、嘘のようだった。
ロディは既に起きていて朝食の準備をしている。
こちらに気付き、朗らかに笑った。
……昨日の夜の事なんて、当然彼が知る筈もないのだ。
「おはよう、セシリア。昨日はよく眠れた?」
「え……ええ、よく眠れました。狭いのが難点でしたけど、それは仕方ないですよね」
なんて答えにくい事をピンポイントで訊いてくるの。と内心セシリアは思った。
その拍子に前夜の事を思い出してしまった。
ふわふわと風になびいていた彼の髪。意外に筋肉のついていた、彼の腕。
それら全てが昨夜は自分のすぐそばにあったのだ。
かあっと顔が熱くなる。
ロディが小首を傾げてこちらを見た。
いけない。疑われている。
「え、えっと。顔洗いに行って来ますね!」
「あ、セシリア……?」
セシリアは逃げるように走り去った。
*
「おーい、セシリアぁ」
後ろから呼びかけてくる何かの存在に気付いて、セシリアは足を止めた。
小さなちょこまかとしたカゼネズミがいた。
ハンペンだ。
「おはようございます、早いですね」
「亜精霊は基本的に眠らないからね。だから、昨日、見てたよ。ロディとセシリアの事」
何を。と言いかけて。
ハンペンがにやにや笑っているのに気付き、その意図するところにも気付いた。
顔がりんごのようになるのが抑えられなかった。
慌てて両手で顔を押さえる。
「本当ですかっ?!」
「あれ、変だね。何が本当、なのかな。オイラが見ていたのは単に姫さんとロディの寝顔さ。……それとも昨日の夜、二人に何かあったのかな?」
「なっ……何にもありませんでしたよ……っ」
「あーやしいなー」
「あ、怪しくなんて!」
しまった、と思った頃には遅かった。
まるで尋問されているようだ。
と思ったらハンペンはふぅーっと息を吐いた。
にやけるのもやめている。
「なんてね。冗談だよ。うっかり見ちゃったのはホントだけどね」
「……やっぱり見ちゃったんですか……」
「うん。災難だったね。あんまり眠れなかったでしょ」
「ええ……まあ」
「セシリア、どうするの? またあんな事があったら」
「え……と、そうですね」
「ロディには悪いけどちゃんと注意した方がいいんじゃないのかな。セシリアのためにも良くないよ」
注意、なんて。
出来るわけない。
だいたいそんなことをどうやって言い出せるだろう。
「昨日の夜中にロディがいきなり抱きついてきたのですが……」とでも始めればいいのだろうか。
出来るわけがない。
幸いロディが気付いていないのだし、わざわざ恥ずかしい思いをしてまで注意をする必要はないように思われるのだが。
そう、自分の胸にしまっておけばいい。
「注意は、しません」
「どうしてさ?」
「なぜって、注意するのには昨晩あった事をありのまま話さなければならないじゃないですか。そんな事……言えません……。あれは嬉しいハプニングとして、私の心の中に留めておくのが一番いいんです」
へえ、とハンペンはにやりとした調子で笑った。
どこかうっとりとした調子で話すセシリアは気付かない。
「嬉しい? あれが? 忘れてないだろうね、君はロディの所為で睡眠不足に陥ってるんですからね」
「……あれ、今私、嬉しいなんて言いました? そりゃあ嬉しかったですけど、でも……」
睡眠不足、とかハプニング、とか。
そんな理由みんな放り投げて。
ロディにぎゅっとされているみたいな感覚を思い出し。
セシリアは顔を赤くした。
*
その一方で、木陰に立ち尽くす少年。
「俺……何か変な事したんだね、ごめん、セシリア……でも何したんだろう俺……」
セシリアと同じくらい赤い顔のロディがいた。
おしまい
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