クラン修道院。
静謐な雰囲気のこの場所で、セシリアはペレイラのけたたましいおしゃべりにつき合わされていた。
セシリアの誕生日まであと1週間。
物語がまだ動き出す前の物語。
「えっと……それで、何だったかしら?」
「ああもうッ、まぁたぼーっとして! だからね言ってるでしょ? スクープなのよッ!」
ペレイラは大のゴシップ好きだった。
噂の真偽を問わずとにかく噂が好きだった。
そしてペレイラ自身の力でそれの真偽を確かめるのも好きだった。
ジャーナリスト向きの性格だ、と思う。
きっと10年後には世界中を飛び回っている。
それならば、アーデルハイド王室で彼女を雇おうではないか。
王室にとってペレイラは有益な人材になるに違いない。
「……って事なの。……セシリア? 聞いてる?」
「はい?」
「そんなとぼけたような顔をしてッ! また聞いてなかったのね……」
はぁ、と大袈裟にため息をついた。
「突発性妄想癖……今はいいけど、大人になったらやめなさいよ? 将来国をしょって立つ人が、妄想癖のある人だったらみんな困るでしょ?」
全くその通り。
セシリア自身もこの癖を何とかしようとは思っていたが、妄想とはやめようと思ってやめられるものではないのだ。
「それで、何がスクープなんでしたっけ?」
「そうそう、スクープなのよッ! あのね、今クラン修道院に渡り鳥が来てるんですって!」
「渡り鳥が?」
珍しいでしょ、とペレイラは言う。
確かに、ここは修道院であって街ではないので渡り鳥が羽根を休めに来る事は稀だ。
来る事を禁じているのではなく、ここは平和すぎて渡り鳥にとっては退屈な土地なのである。
渡り鳥は荒っぽく、喧嘩っ早いとか聞く。
セシリアは実際には渡り鳥を見た事はない(実際には子供の頃城で見かけた事がある筈だが、記憶にない)ので正しい判断はしかねるが、それでも彼らにとっては物足りない場所だと思う。
「しかもその渡り鳥がなんと、まだ若い男の子らしいのッ!」
感じた事は、何しに来たんだろうという事だった。
ここは若い男の子が来て楽しい所ではないと思うのだけれど。
「ね、一緒に会いに行ってみない?」
唐突な申し出に、え? と言ったままセシリアは固まった。
そんなはしたない真似、出来るわけない。
野次馬じゃないんだから。
「やっぱり外の世界にはすんごいようなスクープが私を待ってるに違いないわ。さ、行きましょッ」
嫌、とか恥ずかしい、なんていう前にセシリアはペレイラに連れ去られていた。
*
彼は、2階にいた。
クラン修道院で飼っているインコの前で佇んでいる。
2人の異様な視線に気が付いたのか青い髪の少年はこちらに目を向けた。
目が、合って。
あれ? と思う。
心の中を風が吹いたような、変な感じがした。
自分の心臓の辺りに思わず手を当てた。
今の感覚は何だろう?
よく知っているような、懐かしいような、……彼に会うのは初めての筈なのに。
このもやもやを振り払うために、思い切って近づき声を掛けてみた。
「こんにちは、渡り鳥さん」
彼は見た目には似合わぬ落ち着きを持って応えてくれた。
「冒険を楽しんでますか?」
うん、と笑顔で。
この子、笑うと年相応になる。
セシリアにはなぜだかそれがおかしかった。
セシリアの後ろにくっついてきたペレイラが、横から顔を出した。
「初めまして、渡り鳥さん。あなたみたいな渡り鳥だったら知ってるかしら、世の中にある面白いスクープを」
突然の、しかもわけのわからないペレイラの質問にも少年は臆する事無く、うーんと考えるそぶりをした。
そして、はいよるこんとんって知ってる? と問いかけた。
「知らない! なあにそれ」
彼の説明を聞くと、それは宇宙から来たモンスターであるらしい。
何でも、ものすごく強いとか。
ペレイラは自分の知らなかった情報を手に入れて目をきらきらさせた。
「へぇー……是非そのはいよるこんとんとやらに会ってみたいけど、やっぱ渡り鳥になるつもりもないし無理ねー」
「そうね」
とセシリアが相槌を打つと、ペレイラははっと何かに気付いたようにこちらを向いた。
「そっか」
「何が?」
「セシリアが代わりに行って見てくればいいのよ。どうせ向こうに戻ったら視察とかでアーデルハイドに居続けるってわけでもないんでしょ?」
「ちょ、ちょっと……!」
突然何を言い出すかと思いきや。
セシリアが公女である事はトップシークレットであるのに。
「あ、ごめん」
「もう、頼むわよ」
若い渡り鳥は意味がわからないようで目を白黒させている。
「え、と」
セシリアは気まずそうに咳払いを一つして。
本当は、このまま去ってしまっても良かったんだけれど。
ペレイラの言うところの噂話は既に聞き終わっていたし。
セシリアは元々ペレイラについてきただけの存在だし。
それにシスターはセシリアたち修道女が若い男子と話すことをあまりこころよく思っていない。
だけど、なぜかそのまま去ることが惜しく思われた。
もう少しだけこの方とお話ししても、いいですよね、シスター?
彼は危険そうには見えなかった。穏やかで優しい空気が彼の周りを包んでいるようだ。そこだけ時間の流れが違うような。
「あの……どうしてこちらに?」
気が付けばそんな疑問を口にしていた。
道に迷ってしまって。地図を、もらいたくて。そう渡り鳥は言った。
「どちらに行かれるおつもりなんですか?」
北の、サーフ村に向かおうと思ってると渡り鳥は言った。
とくんと、心臓が脈打った。
上手く言えないけれど、何かの予感がする。
(……?)
開いた窓から風が吹いた。
その瞬間脳裏に閃く情景があった。
この渡り鳥と手を繋いで、世界を旅する絵が見えた。
青空の下、草原の中で。
彼はすごくすごく嬉しそうに、セシリアの手を繋ぎなおして。
セシリアもつられて笑顔になって。
……あ。
と、突然正気に戻った。
今のも、突発性妄想癖かしら。
全く、反省したと思ったらすぐこれだ。
我ながら気が抜けない。
渡り鳥はさっきから表情のころころ変わるセシリアを見ては不思議そうな顔をしている。
「えっと、あの、……渡り鳥さんのご無事をここでお祈りしています」
無理矢理軌道を修正すると、少年は分かったような分からないような顔をして、ありがとうと言った。
そしてもう一度見せた、彼の優しい笑顔が。
やっぱり何かを思い起こさせるのだった。
自分の中で、何かが自分を呼んだ気がした。
それも、やっぱり突発性妄想癖なのか、それとも。
確かな予感なのか。
おしまい
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