夢の続きを


「セシリア。大丈夫だよ。俺がいるから」
 言って、ぎゅっと手を握ってきた。
「まだ怖い?」
「いいえ、ロディがこうしていてくれると、何だかほっとします」
 嘘ではなかった。繋いだ手から安心が漏れ出すような、そんな感覚がした。
 あなたがいれば、こんな暗闇にも打ち勝てる。大丈夫。
 こんなにも、人の手は暖かいのだから……



 目が覚めた。
 ……どうやらさっきの一連の出来事は夢だったらしい。
 セシリアはしばらく夢と現実を混同させたまま左手を開けたり閉じたりしていた。
 何となく、その感触が。
 残っているような気がして。
 何となく、まだ左手があったかいような気がして。
 変な夢、と寝返りをうちながら考えた。
 もう一回眠ったらあの夢の続きが見られるかしら?
 どんな夢だっただろう。
 確か、泥棒が入ってくるとか何とか……そんな夢で……怖くて震えていたら、ロディが助けてくれて……それで……
 うとうとしかけて、そこでようやくもう朝だという事に気が付いた。
 二度寝なんてしてる場合じゃない。慌てて身支度を整えて外に出ると、既にザックとロディが待ち受けていた。
「すいません! 少し寝坊してしまって……」
 ザックは苛々した顔。ロディはそれとは反対に少し心配そう。
「セシリア、大丈夫? ひょっとして、どこか調子悪い?」
「いえ、どこも」
 大丈夫、の台詞が。何だか夢の言葉に似ていてどぎまぎしてしまった。

 次の街へと歩みを進めながら、あれこれと考えてしまう。
 あの夢は何だったのだろう?
 夢分析の先生がいるのなら分析してほしかった。
 泥棒が入るというシチュエーションは、自分の身分を考えるとありえない気がするのだ。
 夢の中身というのは、往々にしてありえないものであるけれども。
 それに。助けてくれたのがロディという事は、一体何を意味するのだろう?
 これはその筋の先生でなくても何となく分析できる気がした。
 そんなに自分はロディに頼っているだろうか? 困った時のヒーローのように彼を捉えているのだろうか?
 総合的に言うと、その、とても。
 恥ずかしい夢だった。

 こういうのは、一度気になると終わりがないものらしい。
 街に着いて解散したあとももやもやと考え続けていた。
 少し不安そうな顔をして、ロディがそっと話しかけてきた。
「セシリア、大丈夫?」
「え、何がですか?」
「今日。何だかいつもと違うよ。戦闘中も何だかふわふわしてたし」
 ふわふわしている、というのがどういう意味なのかはよく分からないが、ともかくもぼんやりしていた事に気付いていたらしい。
 ロディが出演していた事を除いて夢の話をすると、ロディは納得したらしかった。
「怖い夢だったんだね」
「怖い……そうなんでしょうか」
 あまり実感は無い。
 泥棒なんて城には出る筈も無い。泥棒というものを、定義としては知っているが見たことのないものを正しく理解出来るとは思えない。
 その事を話すと、ロディはにこりと微笑んだ。
 何か分かったらしい。
「だってそれってセシリアがお姫様じゃない生活に適応し始めてるって事でしょ?」
 言われて、そうかもと気が付いた。
 たまにお金を使って宿ではなくホテルに泊まる時、一部屋に一台置いてあるラジオはちょっと部屋を留守にする時には必ず付けていくだとか。
 その理由は防犯だ。ラジオが声の代わりになって、泥棒は人がいると勘違いして入ってこない。とザックたちに教わった。
 そう言われてみれば、自分は今確かに渡り鳥になっている。アーデルハイド王国の姫ではない。
 何だか嬉しかった。

「俺だって、ちゃんとした泥棒は見たこと無いよ。でもそれが嫌なものだし、怖いものだって事も知ってる」
「ゼペットおじいさんに教わったのですか?」
「うん。気をつけろって、よく言ってた。特に渡り鳥は寝てる時に金品を掏られるからって」
「そうなのですか?」
「最近は治安も良くなってきたし、そういう事もだんだん少なくなってきたけど。田舎の方に行けば行くほどそういうトラブルも多いんだよ」
「知らなかったです……」
 二人にくっついての渡り鳥の生活も長いけれど、まだまだ知らない事実が多い。
 セシリアは言葉に出さず感嘆した。
「でも、そういう事聞いてしまうと怖くて眠れなくなりますね」
 寝てる間に盗られてしまうのだったら、永遠に起きて見張っていなければならない。
 盗られるだけで済めばいいけれど、例えば女子供の場合は人攫いの目にだって遭うかもしれない。
 攫われるのはもちろん嫌だが、かといって眠らないわけにはいかない。今までに人攫いの被害に遭って来た人は、ある種覚悟のようなものを決めて毎日床についていたに違いない。
「うん。俺もその話を初めて聞いた時怖くて眠れなかった。じいちゃんが口すっぱくして言うんだ、悪い子にしてると泥棒がやってきて攫われるぞって」
「まぁ」
 どちらかというと、ゼペット氏は叱る時にその話をしたようだった。
「それで怖くて眠れなかった日はね、じいちゃんがこうやって」
 と、突然ロディは手を握ってきた。
「手を一晩中握ってくれていたんだ。そしたら安心して眠れたの、よく覚えてる」

 自分じゃない熱が左手から伝わってくる。
 彼はこんなに何でもないふうなのに、自分はそれとはまるで正反対だ。
 頬が赤いのや、この手が熱くなり始めてるのが伝わらなければいい。
 意識しているのが自分だけなんて恥ずかしい。
 手を繋ぐのなんて子供の頃に誰とだってした事ある経験なのに、大人になってからするそれは随分違うものだとセシリアは感じた。
「もし今日怖くて眠れなかったら、言ってよ。ずっと、手を繋いでいてあげるから」
 彼はただにこにこして見上げてくる。はい、と小さく消え入りそうな声で返事するのが精一杯だった。
 まるでそれは、夢の続きであってそうでないよう。

「あ! セシリア、船が着いたみたいだよ! 行ってみようよ」
 手は、繋いだままで。
 彼は空いた手で港の方を指差して、ロディは何てこと無いみたいに提案してみせる。
 爆発しそうだったセシリアの頭の中は、それでも少しずつ冷静さを取り戻りしていく。
 まぁ、いいでしょう。なんて考えたりして。
 もう少しだけ、この手は繋いだままで。
 あなたと二人で夢の続きを。


おしまい


■あとがき
ここまで読んでくださってありがとうございました。
ロディは天然攻。いや、天然たらしだ!
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