夕食時。
テーブルにでんと置かれたヤキソバ4人前。
今夜ザックはエルミナを口説きにどこかに二人で行ってしまったのでこれは二人分だ。
さらにおかわりもキレイサッパリになるんだろうな、なんて考えてロディはちらりとセシリアの方を見た。
やっぱり彼女の目はきらきら輝いていた。
大好物が目の前にあれば誰だって正気ではいられない。それはセシリアだって例外ではないわけで。
「じゃあ、いただきましょうか」
「うん」
セシリアの肩や腕を見てしまう。
こんなに細いのに。どこにこんな量のヤキソバが入っていくんだろう。
彼女の、箸を持つ手が動いた。
一口取って手を添えながら口に運ぶ。
数秒後、うーんこれは、と唸った。
「おいしいです、これならいくらでも食べられそうです」
言いながら、箸は止まらない。
いつもは世界の未来を憂う巫女でありながら、こうしてヤキソバを食べている姿を見るとそんな緊張感は微塵も感じられない。
「急いで食べなくてもヤキソバは逃げないから大丈夫だよ」
本当に美味しそうに食べるなぁ、としみじみ思った。
そして自分も、と箸を伸ばしかけて、「あっ」と一声上げて慌てて箸を下ろした。
しまった、と呻く。
「どうかしたんですか?」
「ARM屋にARMを預けっぱなしだった……この時間になったら改造が終わるから取りに来てくれって言われてたんだった」
ほかほかと。
温かい湯気と匂いと。
ヤキソバは嫌でもロディの食欲を刺激するけれど。
自分の半身たるARMを放っていくわけにもいかない。
「ARMを取りに行かなきゃ……ごめん、セシリア。俺に構わず食べてていいから」
立ち上がると、セシリアは少しがっかりしたように、しかしすぐに微笑を取り戻した。
「いえ、待ってますよ」
「だって食べないと冷めちゃうよ。折角セシリアの好きなヤキソバなのに」
「ヤキソバなんていつでも食べられますから、大丈夫ですよ」
「俺の所為で待たせたくないよ。おなか減ってるんでしょ」
「それは……まぁ……」
さすがにセシリアの最後の問いには自分の気持ちを隠しきれなかったようだった。
畳み掛けるように説得する。
「それに俺、向こうでマイスターさんと少し話がしたいんだ。もしかしたらしばらくは帰ってこられないかもしれないから」
そんなわけはない。マイスターと話なんてしない。 ARMを受け取ったらすぐに帰ってくるつもりでいる。だからといってセシリアを無為に待たせたくはなかった。
「そうなんですか?」
これは明らかにがっかりした声のトーン。
さすがのロディも、ARMのためとはいえ、そして少々の嘘をついた事も手伝って申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「本当にごめん……」
「そんな顔しないで下さい。やっぱりロディのARMが私達の旅に必要な事も本当なんですから……しっかり調整してきて下さいね」
「うん。あの……本当に先に食べてていいからね、ホントだよ」
何度も何度も念を押すと、セシリアは根負けしたように微笑んで頷いた。
「じゃあ少しずつ食べながら待ってますね。いってらっしゃい」
小さく手を振ってくれるのを面映く感じながら、ロディは宿屋をあとにした。
*
残された、セシリアはというと。
ロディの姿が見えなくなるまで手を振っていたあと、ふいに笑顔を消した。
1人きりの食事か、と。
また昔に逆戻りだ。
昔、父も母もいない1人きりの食事で。
妙に寂しい気持ちになり泣きながら食べていた事がある。
1人きりの食事程嫌なものはない、と思う。
時計の音しか響かないだだっぴろい部屋でどう楽しんで食べるというのだ。
それは自らが孤独である事を再認識させる。
本当は食べる事が好きなわけではない。誰かと一緒に過ごすあのあたたかい時間が好きなだけなのだ。
セシリアは今、どうしようもなく孤独だった。
しかしロディが帰ってきた時に一口くらい食べていないと、あれだけ強い口調で説得した彼が気分を悪くする気がした。
仕方ない、と嘆息して一口食べた。
(……味が分からない)
改めて机の上を見渡してみるとゆうに4皿はあった。
このうちの半分以上が自分が注文したものだ。
本当に自分はこんな量を食べられるのだろうか?
急に一人にされると自分がどのくらい食べられるのか分からなくなってしまっていた。
どうしてか、ひどく食欲がなかった。
*
「ごめん……ただいま!」
走ってきたのか息を切らしたロディが宿屋に舞い戻ってきた。
「あ、……おかえりなさい」
ああは言ったけれど自分の事など気にせず食べていてほしい、とも思うし。でもやっぱり待っていてほしいな、とも思っていた。
どちらが自分の本当の気持ちか分からないまま、つい食卓を見てしまう。
減っているのは、1皿の四分の一。箸は置かれたまま。
「ごめん、待っててくれたんだね」
普段ならとっくにおかわりの時間になっている事を考えると、やはり自分に遠慮してくれていたのだ。申し訳ないと同時に、セシリアの優しさを改めて感じた。
「いえ……気にしないで下さい」
言いながら、彼女は箸をつけようとはしない。
「? ……どうしたの? 食べないの?」
「いえ、ちょっと食欲が、なくなってしまいまして」
「ひょっとして、おいしくなかったの?」
突っ込んだ事を訊いてみると、彼女はぶんぶんと首を振った。
「まさか! 美味しいですよとっても。ですけど……」
あとは答えず、ふいに見せるのは寂しげな横顔。
つきん、とロディの胸は痛んだ。
この痛みを、前からロディは知っていた筈だった。
「……ごめん」
気付くと口から漏れ出ていたのは、再度の謝罪だった。
「俺も、知っていた筈だったのに。俺も……1人きりにされたら寂しい事くらい、知っていた筈なのに」
「ロディ?」
思い出す。
祖父ゼペットの去ったあの日を。
その日の夜の食事を。
食べなきゃいけない、それが分かっているから食べたけれど。
1人きりのご飯は、ただひたすら味がしなくて。
…だからセシリアとザックに会って嬉しかった、一人でない食事は嬉しくて、楽しかったから。
しばらく味の分からなかったそれも、ちゃんと味覚が戻ってきたから。
知っていた、筈だった。
1人きりの寂しさを。
「ごめんね、もう、1人にはしないから」
「いいんですよ、気にしないで下さい」
にこ、とただ微笑んでみせるセシリア。
お互い痛みを知っているから。
1人にされる事の辛さを知っているから。
これ以上の言葉なんて必要ではなかった。
「…何だかおなかへってきました」
そっと自分のおなかを押さえてみせる彼女に、ちょっとだけ微笑みを返した。
「さ、食べようよ。すっかり冷めちゃったけど」
「ええ」
そのヤキソバは。
思っている通り、すっかり冷め切っていたけれど。
でも、とても優しい味がした。
おしまい
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