手を繋いで歩く


 隣に並んで歩く。それはもう、ずっと前からの習慣になっていた。
 旅の仲間として並んで歩く時も。恋人としてゆっくりと散歩する時も。
 変わらない、愛しい時間。
 今日もいつものように並んで歓談などしつつ、突然セシリアはある事に気が付いた。
「あれ…、」
「どうかした?」
 ロディの朗らかな笑顔。それもいつもと変わらない筈なのに。どこか、前と何かが変わっていっている事に、その変化にセシリアは気が付いた。
「何だか…」
 その変化。微小ではあるけれど。確かな、差。顎に指を当てて考える。答えはすぐに出た。
「背、伸びたんじゃありませんか?」
 どうして今まで気付かなかったのだろう? とセシリアは首を傾げた。
 そうして意識してみれば、ロディはすっかりセシリアの背を追い越していた。気付けば、セシリアの方が見上げていたのだ。出会ってすぐの頃は、ロディの方が少し見上げていたくらいだというのに。
 ふいに首に痛みを感じた。見上げっぱなしが、思った程平気でもない。月日というのは流れるのは早いくせに、それを示す変化はひどく分かり辛いのだ。
「そうかな…? どうかな?」
 言って、セシリアの頭にぽんと掌を乗せて、自分との差を測ってみようとするロディ。本人にその気は無いのだろうけれど、小さい側としてみれば、何となく愉快ではなかった。
 乗せられた掌の温度を、熱いくらいに感じて。セシリアは赤くなりつつ「止めて下さい」と声を出した。即座に引っ込められた手を、それはそれで心残りに思いながら。
「何だか、残念です…」
「背が追い越されたのが?」
「それも、そうなんですけど、」
 出会ったばかりの頃は、自分の方が大人だったから、彼を見ていてあげなければという思いがあった。それが今ではどうだ。すっかり追い越されてしまった。彼の方がもうすっかり大人だ。擁護するべきロディ・ラグナイトは、既にいなくなっていたのだ。
 そういえば、と思い出す。彼がすっかり大人になってしまった、その証拠とも言える出来事が最近頻発している事に思い至った。
 背が伸びて、少しだけ精悍な顔つきになったロディは、…。
 端的に言うと、色んな女の人に言い寄られるようになった。
 ロディは上手い事いつも逃げているけれど、言い寄られているという事実には変わりない。
 新しい街に行く毎にロディのファンが増え、いつも飴やらお菓子やらもらっているような気がする。困った顔して笑うロディを思い出した。
 それが、面白くないと言えば、面白くない。言い寄られているというよりは迷子の子犬を餌付けしようとしているという感じに、本当は近いのだけれど。
 いずれにしろ面白くは無い。
「ずっと、わたしより小さいままでも良かったのに、どうして大きくなっちゃったんですか?」
 思わずそんな意地悪めいた発言が、セシリアの口から飛び出した。
「俺が大人になれなくても良かったっていうの?」
「そうじゃないんですけど」
 ロディは小首を傾げて呟いた。
「でも、俺は早く大人になりたいんだけどな。今じゃ、背だってまだ足りないし、…早く大人になりたい」
「どうしてですか?」
「早く大人になって、セシリアの隣にいてもおかしくない存在に、なりたいから」
 この人は、本当にどきっとする事をさらっと言うのだ。反射的に赤くなりながら、あたふたとセシリアは言葉を繋いだ。
「ロディ…」
「今のままじゃ足りない。子供扱いされて、セシリアの事が好きってみんなに主張しても、誰にも相手にされないよ。セシリアにとって相応しい相手だってアーデルハイドのみんなに認められなきゃいけないんだ」
 ロディの行動はすばやかった。さっ、とセシリアの空いていた手を取る。彼の方が幾分掌が大きくなっている。昔との、差。味わうように手を繋いだ。
「だから、俺は早く大人になりたい」
 セシリアの背を抜いて。いつまでも小さくて可愛いままじゃいられないよ。大人になったならきっと、みんなも分かってくれるから。
 そんな事を言ってみせる。完敗だ、とセシリアは頭の隅で考えた。ここまで深く自分達の事を考えるようになっていたなんて。
 その変化を、残念に思う時もある。これからも、きっとそんな思い出に身を浸す時もあるだろう。けれど。
 彼の温かい掌が。変わっていく事は悪い事ばかりじゃないと思わせてくれるのだった。
 …のは、いいのだけれど。
「あの…ロディ。手…」
 2、3歩進みかけて。手を繋いだまま街を歩くのを、耐えられないくらいに恥ずかしく思ってセシリアは俯いた。ロディは分かっていない様子で首を傾ける。
「ん?」
「このままじゃ、街を歩けません」
「何で?」
「だって、みんな見てます…」
 実際はセシリアの気のせいなのであるが、セシリアの視界からしたら全員がこちらをにやにやと眺めているように感じられたのだ。普段ザックたちが自分達に対してにやにやしている分、人の視線には敏感すぎる程敏感だった。
「気にならないよ」
「ロディはそうでしょうけど、わたしは…ッ」
「俺、一度でいいから街を、セシリアと手を繋いで歩いてみたかったんだ。にやにやされてもいいよ。むしろ、祝福してくれるかも」
「何をですかッ?!」
「ほら、行こうよ」
 ロディが数歩先に行って、そこで振り返った。くい、と軽く引っ張られる腕。
「もう…」
 ロディって、本当に仕方ないんですから。
 結局、いつも譲る文句はいつもこうだった。
 わたしの方がお姉さんなんですから、仕方ないですね。

 遠くで、一匹とひとりがにやにやしている事も気付かず、二人は手を繋いだまま街の中心地へと繰り出したのだった。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
「戌年ロディ祭」というロディを祭っていた企画に捧げた(「捧げた」という程大それたものじゃない…^^;)SSを加筆修正したものです。
大人になったロディが見てみた〜いv って思うのは、私だけじゃない筈。
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