小話


 例によって例のごとく大食漢の彼女は、今隣で四人前のヤキソバを見つめて陶酔していた。
「こんなにたくさん…。ああ、幸せです…」
 両手を組み、まるで何かに対して祈るような仕草のまま、首を傾けたままうっとりしている。傍目から見れば怪しい少女以外の何者でもない。ロディは自分の目の前に一人前分のヤキソバがやってきた事を認めると、その四人前との大きさの差を目算して苦笑した。彼女の体の何処にこの四人前が入っていくのだろう。もうひとつ胃袋があるとしか思えなかった。
 二人、同じタイミングで手を合わせて、いただきます。そしてセシリアは一口食べるごとにとろけそうな幸せな顔をする。伝染しそうな程。見ているだけで満腹になるような気がして、そして実際に元から食欲の無かったロディは、皿をそっとセシリアの方へとずらした。
「あの…良かったら、俺の、もう少しあげようか…?」
「いいんですかッ?!」
 きらきら光る瞳で、5cmくらいの距離にまで一気に近付いてきたセシリアにそう叫ばれる。耳がきぃんとなる程の大音声。雰囲気に気圧されてしまって、「三分の一くらいあげるよ」と言うつもりが、すっかり全部あげる事になっている事態を修復出来そうになかった。
「え、ぁ、うん…」
 返事を聞くか聞かないかのタイミングでセシリアはロディの皿をがッと掴むと、箸でロディの皿のヤキソバをさらって自分の皿へと移し変えていく。元々上向きだった彼女の機嫌が今は更に手が付けられない程のハイテンションになっている。このヤキソバのにんじんはフォースキャロットだったに違いない。
「嬉しいですロディッ! だいすきですッ!」
 その言葉は、とても嬉しいけれど。同時にちょっと悲しくもなって、ロディは困ったように微笑むのだった。
「ぅ、うん…」
 誰かにご飯をご馳走されたら、今みたいに愛想と愛情を振り撒くのだろうか。今みたいにヤキソバを分けてあげれば、誰にでも。例えばその相手が、ロディではなくても。
「…?」
 ちくりと胸を刺す、針のような何か。痛いような、甘いような。どうして心が痛むのか、それはよく分からないけれど。
 この痛みは不快じゃないな、と大盛りヤキソバにはしゃぐセシリアを見つめながら、ロディはそんな風に思った。


おしまい


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