飾り気のない恋文


 あんなの、送るんじゃなかった。
 と敏腕若手女実業家ジェーン・マックスウェルはひたすらに溜め息をつき続けていた。



 事の起こりは一ヶ月前。
 ちょうどマクダレンと離れてひとりで仕事をこなしていた折、柄の悪い男たちにジェーンが絡まれていた時。今でも時々思い出す。彼、と出会った時にしていた会話のひとつひとつを。
『あんたたち、一体何なのよ』
『何者でもいいだろ? お嬢ちゃん、ちょっと付き合えや』
『冗談! 誰が、あんたたちみたいな三流のチンピラなんかと』
『お嬢ちゃん、痛い目に遭わなきゃ分からないようだな…?』
『嫌っ、誰か――』
『お前たち、その子に何かするつもりなら俺が相手になる』
『え…っ』
 ピンチに陥っていた自分を助けてくれたのは、青い髪の年若い渡り鳥。見た目からするに、ジェーンとはそれほど年の差がありそうにない。渡り鳥らしく、一発でチンピラでもをのしてしまったその少年は彼は自分がロディ・ラグナイトだと名乗った。
 そんな形で二人は一ヶ月前に出会ったのである。それが現在、ジェーンの頭の大部分を占めているロディである。…名前では何とか聞いた。けれどその直後どうにもジェーンはイラっとしてしまい彼に感謝するどころか「余計な事しないでよ!」と食ってかかってしまったのだ。その場はあとからやってきたマクダレンが上手くジェーンを宥め、彼女の代わりにロディに深々とお礼を言ったからそれで事無きを得たのだが。
 ロディはジェーンに当たられてしばらくきょとんとしていたが、それでもなお平和なぽややん顔を崩さなかった。多分、それが気に入らなかったのだ。いっそ、ジェーンを助けた後報酬でも請求してくれていたのなら、ジェーンもこうは苛々しなかったのだと思う。ジェーンを助けたあと、ロディがしたのは「大丈夫?」と話し掛ける事と、にっこりと微笑んでくれた事と、手を差し伸べてくれた事だけだった。



「どうしてあたしが、あんなのを気にしなきゃいけないのよ…」

 思い返す事さえも不快で、ジェーンは思わずぼやいた。
 分かっている。自分が心にもない言葉を吐き捨ててしまったのはマナー違反だ。本当は「ありがとう」と言わなければならなかったところを、どう喉が変換したのか「どうしてこんな余計な事をしてくれたのよッ」とうっかり口にしてしまった。それを分かっているからこそ、そしてマクダレンからの強い勧めにより今回手紙を出す事と相成ったわけである。手紙にはただ簡潔に何時に何処に来て欲しいとだけ記しておいた。来て欲しいとも。
 そうして今、ジェーン・マックスウェルは自らが指定した場所にて仁王立ちで彼の事を待っていた。指定した時間まではまだ余裕があるものの、カフェでまったりと待つという気分には全くなれなかった。
 …脳内で何度もシミュレートしている。しなければならないのは謝罪。そして感謝だ。その筈なのだけれど。
 今になってジェーンは猛烈に後悔し始めていた。

「柄じゃないのよねえ…手紙とかさ。このあたしが謝るってのも変な話だし。大体、あんなのッ、頼んでもないのに助ける方がどうかしてるのよッ」

 ごちゃごちゃと文句を垂れているけれど、勿論本心はそんなところには無い。礼を言い損ねた。本当はあんな事、言うつもりじゃなかった。今更でも済むのなら、「ありがとう」と「ごめんなさい」が言いたくて。

「あいつがのこのこやってきたら、ちゃんと言う。うん、これでいいのよ。それですっかりきれいになって、あたしもあいつの事で煩わされずに済むんだから。…」

 絡んできた男たちが、本当は怖かった。だからこそ彼の笑顔が嬉しかったのだ。たった一度会ったきり、だけどその眩しさが忘れられずにいる。
 出来る事なら、あの優しさにもう一度触れたくて。だから呼び出した。けれど。

「だけど…もう、来てくれなかったら…」

 ジェーンの投げ当てたひどい言葉。彼はそれに恐れを為して、もうやってこないかもしれない。ジェーンが危惧しているのはそれなのだった。手紙なんて受け取ったところで、渡り鳥である彼の事、仕事が忙しかったとか何とか、あとからばったり会ってしまったとしても何とでも言い訳はある。素直に感謝の言葉ひとつ言えないような小娘に、また会ってくれるような暇人でもないだろう。
 それを考えたくないから、自然と語気が荒くなる。先程から強気の発言が目立つのもその所為で、それは弱気の裏返しだった。

「ロディの…馬鹿…」

 覚えたての名前を、まだ呼び慣れない名前を、そっと口にしてみる。一度会っただけなのに、名前と職業しか知らないのに、どうしてこんなに気持ちがかき乱されるのだろう。心臓に手を当てれば、痛むようなあったかいような変な感触がした。

「呼んだ?」
「…はっ…って、ロディ?!」
「うん、俺だよ」

 背後から突然にゅっと出現した青年の声に慌てて振り返れば、そこにいたのは間違いなくロディ・ラグナイトだった。柔和な笑顔を浮かべて、あの時と全く変わらぬ雰囲気のままそこにいた。

「いっ、いつからそこにいたのよッ!」
「いつって…ついさっきだよ。ジェーンの姿が見えたから、来たんだけど…それより、俺に何か用事があるんだっけ。あ、手紙ありがとうね。なかなか人から手紙なんてもらえないから、嬉しかったよ」
「あ、う、うん」

 息をひとつ吐く。息をひとつ吸う。言わなくてはならない事を、どうやって切り出したものか。もにょもにょと言葉にならない声を口に出した後、ジェーンは精一杯の勇気と根性を振り絞ってその言葉を紡ぎ出した。ロディも、そんなジェーンの様子に臆したようで目を真ん丸にしてジェーンの動向を見つめていた。

「あ…あのね。呼び出したのは、他でもなくて」
「う、うん」
「言わなくちゃいけない事が…あって」
「うん」
「その…あの時は、ごめん!! それと、あ」
「…どの時?」

 りがとう、の前にロディの台詞がするりと入り込む。呆気に取られて、ジェーンは口をぱくぱくと動かした。まさか、まさか、自覚なし?

「だから…っ、あの時ったらあの時しか無いでしょーが」
「あの時って…なんかあったっけ?」

 小首を傾げるロディの、その仕草が似合うのにもまたぷっつんとジェーンの緒が切れて。気付けばジェーンは叫んでいた。

「もういいわよッ! あーもうッ! ぐだぐだ考えて損した!」
「何? 何で突然怒ってるの?」
「知らないわよッ! 自分の胸に聞いてみるのね!」

 あれこれと心配したのは超杞憂。よく考えてみれば、渡り鳥なんて明日の生活も知れない博打のような職で図太くならない方が変なのだ。こうやって誰にも彼にも微笑み掛けるのはその図太さを面に出さないためであり、その内面が繊細なんて解釈、もっての他なのだ。完全に騙された。渡り鳥風情が、ちょっと何か言われたくらいで傷つくわけがない。渡り鳥というのはもっと頑丈に出来ているものだ。自分ときたら何て判断ミス。
 大股で歩き去ろうとするジェーンを、慌てた様子でロディが止めた。不意を突いてジェーンの腕を取る。

「ちょっ、何よッ、触らな…」
「こっちに行ったら危ないよ。また変な人たちに絡まれるからね」

 …ちゃんと覚えてるんじゃないか。口には出さず、もやもやと考えた。あれ? でも「あの時」がどの時なのか本当に分からないみたいだし。まさか渡り鳥用語じゃ「お節介!」が「ありがとう」の隠語でもあるのかな。…そんな馬鹿な。
 まさか最初から見透かされてる…とか、無い、よね。それこそ、そんな馬鹿な。こんな呑気な笑い方するヤツにそんな器用な事出来るもんか。

「それより、向こうの繁華街に美味しい喫茶店が出来たの、知ってる?」
「…知ってる。話題よね」
「俺、行った事無いんだ。良かったら一緒にどうかな」
「…仕方ないから、付き合ってあげるわよ」

 手を取られたままでは、逆らえない。どんな手段であれ、彼と手を繋いでいるのには変わりないから。手を繋いでいる。その事実に、かーと顔が火照るのを覚えた。ロディはそれに気付いているのかいないのか、ほにゃほにゃとした笑顔のままジェーンをリードして歩き出した。

「…俺は分かってるよ」
「何が?」
「ううん、こっちの話」
「何よ、自己完結しちゃって!」


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
初めて書いたロディジェ(5th設定)でした。
「ロディジェ夏祭」という企画に投稿したものを、加筆修正しました。
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