小ネタ



「雪だるま」/高卒谷の06年1月TOPからヒントを得ました

 季節は、新春である。
 ジュードとクルースニクがカルタをしているその隣で。
 小さな雪だるまを、作った。
 2つ作って、ひとつには首に緑色のネクタイを、ひとつには頭に青色のリボンをかけた。
 兄さんとわたし。その完成度の高さに、ユウリィは我ながら感心した。
 そして閃いたある事に、さらに彼女は赤面しつつ感心した。

 そっと。ふたつの雪だるまを向かい合わせにして、口付けさせた。

 雪だるまのキス。自分でキスさせておきながら、変に顔がにやけてしまう。
 兄、と。自分が、なんて。

「ユウリィ? 何をしているんだ…?」

 ふいに。肩に置かれた手と声。
「に、兄さん…」
 自分の声が上擦るのが分かった。
「カ、カルタは終わったんですか…?」
「負けたよ。全くあいつは…」
 不満を口にしかけて、しかし彼は押し黙る。
「? 兄さん?」
 ある一点を見つめたまま、彼は黙ったままだ。
 黙ったまま、段々顔が赤くなっていく。
 ユウリィも彼の視線の先を追い、…そして「あっ」と小さく声を上げた。
 雪だるまが全く仲良さそうにキスし続けていた。
 片方の雪だるまはネクタイ姿。もう一方は頭にリボンをつけている。

 どこからどう見たって、クルースニクとユウリィにしか見えなかった。

「ああああのぅ、あれは、その…」
 混乱するあまり回らなくなった舌で何かを言おうとする。
「俺と、お前が?」
「…ええと、その、」
 全部、ユウリィの勝手な想像。
 こんな未来、あったらいいな、と想像して雪だるまに託したのだ。
 そっと彼の顔を窺い見る。嫌がっているわけではなく、むしろ熱っぽい瞳が彼女を見つめていた。
「兄さん?」
 クルースニクは答えず、ユウリィの腰を引き彼女に急に口付けた。
「?!?!!!!!」
 口付けは、一瞬。
 その感触を覚える間もなく元の位置に戻される。
「……」
「……」
 ユウリィはびっくりするあまり言葉が出ず、クルースニクは照れ臭そうなまま無言で。
「こんな事が、望みだったのなら…いくらでも」
 嬉しかった。勿論嬉しかった。だが。
 言いたい事はたくさんあった。
 乙女の夢たるファーストキスをこんなところで終わらせてしまうなんて、とかどれだけ自分がこの瞬間を望んでいたのかきっと彼は分かっていないのだろう、とか。

 でも。
 不満より先に、なぜか笑顔が浮かんだ。
 すっと彼の腕に自分の腕を絡ませると、ユウリィは囁くのだった。

「…兄さん。大好きよ」

 それは、二度目のキスの合図だった。


おしまい


「スカートは、風にあおられて」/ユウリィフィギュアが発売されるそうなので、妄想を働かせてみました

 プラモデル屋。いや、フィギュア屋と言った方が正確か?
 クルースニクはその店の前で立ち尽くしていた。
 正直、自分はこういうのには疎いので、よく分からない。
 店の前にはアニメから出てきたような少女たちのポスターがある。
 どれもみな、一様に微笑んでいる。揃いも揃って似たような微笑みで、かえって不気味に感じられた程だった。
 …自分は今から、この少女たちのポスターを潜り抜けこの店に入らなければならない。
 目的は、ひとつ。

 「あれ」を手に入れる事。

 クルースニクはふうとひとつ重いため息をつくとドアを押してその店へと入った。
 瞬間、その空気に圧倒される。
 30cm程の美少女たちのフィギュアで、そこは埋め尽くされていた。
 少女たちは思い思いのポーズをしたまま固まっている。
 スカートが風に捲くられそうなのを必死に止めている少女、水着で妖艶な微笑みを浮かべる少女、なぜか頭に猫の耳を生やした少女、…などなど。
 その店にいた客はいずれも黒いリュックを背負い黒い服を着込み眼鏡をかけていた。
 つい、自分の服装と照らし合わせてしまう。
 その服でなければ入れないのか、と勘違いしたためだ。
 だがあとから入ってきた客がその条件を満たしていなかったため、ほっとして店の中をぐるりと見渡した。
 そして目的のものを見つけると、クルースニクは真っ直ぐそちらに向かって歩いた。
 「それ」の目の前に立ち、まじまじと凝視する。
 「それ」は海辺にいる設定なのか、スカートの端をちょっとつまんでいた。白いタイツに隠された太股が眩しかった。
 それだけではない。「それ」は他の少女たちと違って変に媚びて笑わない。それが良い、としみじみ思った。笑っている、というよりは少し恥ずかしいような様子の表情である。それがまたこちらの心をくすぐっているのに、「それ」は気付いているのだろうか。
「…ユウリィ」
 クルースニクはぽつりと呟いた。
 フィギュアとしての彼女も可愛らしすぎる。これを完璧と言わずして、何を完璧であると言おう。
 ただ惜しむらくは、結局これはフィギュアであり、彼女自身ではない。フィギュアは動かない。人形はあくまで人形なのだ。
 ふいに彼女の事を思い出し、また心臓の辺りが痛むのが分かった。
 今頃彼女はどうしているだろう。
 いや、今は感傷に耽っている場合ではない。自分は自分の任務を遂行しなければ。
 クルースニクは店員を呼びつけると、はっきりと言い切った。

「このフィギュアを、この店にあるだけ全部いただけますか」

 ユウリィの太股を他の男に見せるわけにはいかない。
 もちろん、それ以上の部分も当然。言わずもがな。
 クルースニクは札束をちらつかせるとともに、その決意を新たにするのだった。



 後日談。
 ユウリィ・アートレイデのフィギュアは、たいへんよく売れたようだった。
 …その殆どが、ひとりの男の手によるものである事は、あまり知られてはいないが。


おしまい

「Trick or Treat!」/高卒谷06年10月トップから妄想しました

 ブリューナク本部、クルースニク・アートレイデの私室にて。
 彼はカレンダーの前で佇んでいた。もうすぐ11月がやってくる。ふとカレンダーをめくってそんな事を、クルースニクは考えた。10月末日。今日の日付に目をやって、そこでクルースニクは束の間止まった。何か、今日の日付の下に小さな文字が印刷されている。今日は何かの祝祭日だっただろうか。
 「ハロウィン」と書かれていたその文字を見て、脳の中から答えを捻り出す。体験した事は無いけれど、一般常識としてその言葉は認識している。子供たちが仮装をして街に繰り出し、大人にお菓子をねだるらしい。何でも合言葉は「お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうぞ」であり、これを言えば必ず子供たちはお菓子がもらえるのだとか。元々は霊を鎮めるためであったその祭は、今となっては愉快なだけの祭と化している。
 クルースニクのような不幸な子供時代を送った者には、まるで関わりの無い平和な祭に思えた。クルースニクだけではない。この大陸の生まれの者は経験した事はおろか、知っている者すら少ないだろう。他大陸の風習が、この大陸に根付いている様子は無い。
「ハロウィン…か…」
 呟くその先に。じっと、その小さなハロウィンの文字を見つめた。自分ならば、祭に参加出来なくとも構わない。だが、妹だけは参加させてやりたかった。人並みの、ささやかでも良いから幸せな子供時代を送ってほしかった。自分にその力が無かったばかりに、今もなお彼女は不幸な身の上だ。
 仮装か。ぼんやりと、考える。ユウリィならばどういった仮装が似合うだろう。やはり可憐な佇まいのユウリィには、可憐な装いこそが相応しい。衣装は黒を基調として、出来ればごてごてしすぎず、それでいて存在感のあるフリルで可愛らしさを強調したい。無論、スカートなのは基本だ。しかし10月も末となれば、しかも祭は夜に行われるのだから冷え込むだろう。足元の露出を控えるためにも、タイツは欠かせない。
 そして、可愛いだけでなく何かに仮装しなければならない。ねこみみのカチューシャをつけ、さらにスカートの後ろ側にしっぽをくっつければ立派なねこっぽい美少女の完成だ。
 そんな美少女がいきなり現れたら、合言葉を言う前にお菓子を差し出してしまいそうだ。自分の想像にくらくらと酔っていた、その時だった。
「…兄さん、何考えてるんですか?」
 突然後ろから聞こえた声に、クルースニクは慌てて振り返った。見れば、たった今クルースニクが妄想していた通りの姿でユウリィが立っていた。
「…ユウリィ?! なぜここにッ?!」
 こんな所にいる筈が無い。その事実を、あっさりとユウリィは投げ出した。
「そんなの、どうだっていいじゃありませんか」
「…何だって?」
 胡乱気に問い返すと、にっこりしてユウリィは両手を差し出すのだった。
「だって今日は、ハロウィンなんですから。お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃいますよ?」
 両手をお椀の形にして、クルースニクに差し出してくる。
 何かが変だ、とは思いつつも、ユウリィが菓子を欲しがっているならばとつい机の上にそれらしき物が無いか探してしまう。
「菓子…だが今は…」
 かぶりを振った。仕事中に菓子など持っていよう筈も無い。ユウリィは見るからにがっかりした。
「持ってないんですか? じゃあ、イタズラしなきゃいけませんね、兄さんに」
「イタズラ…」
 その言葉だけを反復した。イタズラ。合言葉から察するに、菓子をもらえない子供はイタズラをする事になるが、現実にはどんなイタズラが待ち受けているのだろう。ユウリィは一体どんなイタズラをするのだろう。
 そこまで考えて、ふと思い至った。自分がユウリィにイタズラされるより、むしろ自分がユウリィにイタズラし…

ごちッ

 側頭部に、何かとてつもない痛みが走って正気に戻った。
 先程まできらきらした目でこちらを見つめていたユウリィの姿など、どこにも無い。いたのはユウリィではなく、ジェレミィだった。惜しい。最後の文字だけ合っている。
 彼が持ったファイルの角。考えるまでもなく、凶器はそれだった。鈍い痛みの残る側頭部を擦りながら、クルースニクは問い掛けた。
「何か用か」
「何ぼーッとしてやがんだ。何ッ回もノックしてるってのに、気付きゃしねぇ。局長から集合がかかってるぞ。聞こえたか、クニークルスッ?!」
 カレンダーに止めた自分の指だけが、妄想前と同じだった。あれは現実ではなかったのか、とようやくクルースニクは意味を理解する事が出来た。
「そうか、妄想か…」
「…テメェ、話聞いてるのかよ?」

 イタズラしたい年頃のクニークルスは、ひとりがっくりと項垂れるのだった…


おしまい

「無題」/拍手ログ

「ユウリィは頭がいい」
 横でユウリィのノートを見ていたラクウェルが、突然そんな事を零した。
 今日は勉強会。ラクウェル・アルノーの年長組がユウリィとジュードの年少組に対して勉強を教えるというささやかな会である。いくら逃亡中の身と言えど、宿を取っている以上大人しくしている以外に彼らに出来ることは無いのだ。これを期に、ラクウェルは勉強の遅れているユウリィとジュードの勉強の面倒をするつもりでいるらしい。ユウリィとしても、勉強は嫌いではないからむしろラクウェルの申し出はありがたいところだった。勉強嫌いのジュードは最後まで反抗していたが、今は褒め上手なアルノー先生に面倒を見てもらっている事で騒ぎを回避している。
 そして、ノートなのだ。ユウリィの数学のノートは一分の隙も無くびっちりと数式で埋め尽くされており、そして間違いは殆ど無かった。丸の並んだノートを覗き込んで、ラクウェルは感嘆した。
「ユウリィは文系だと思っていたのだが。…私と同じで、数学の問題集を解いていくのが楽しいタイプか」
「はい。家計簿付けるのが楽しくて仕方ないのもありますから、わたしは理系なんじゃないかなって思ってます」
「家計簿か…私は数学や物理は好きだったが、家計簿はうんざりだな」
「慣れると楽しいですよ。家計の無駄も分かりますから」
「そうか」
 ラクウェルは苦笑するとユウリィのノートを手に取った。
「それにしてもすごい正解率だ。…殆ど合ってるじゃないか。これなら私が教える事は殆ど無さそうだな」
「褒めすぎです、ラクウェルさん」
「いや、妥当な言葉だろう? …しかし、基礎が出来ているんだろうな。飲み込みも早い」
「そうですね。数学って、階段飛ばし出来ない学問ですものね。兄さんも言ってました」
「クルースニクが?」
 意外な人物の名前が出て、ラクウェルはちょっと目を見張った。単に幼かったユウリィの世話をしたというだけでなく、クルースニクはユウリィの教育に深く携わっていたらしい。
「孤児院にいた時、兄さんがわたしに色々教えてくれたんです」
「そう…なのか?」
 孤児院にいるだけでも大変だっただろうに、クルースニクはユウリィにそういった物事を教え込んでいたのだな、とラクウェルが相槌を打つと、ユウリィはこくんと頷いた。
「言ってました。いつか外に出た時に、恥ずかしくない自分でいなきゃいけないって。そのために兄さんはわたしに読み書きを教えてくれたんです。…あの孤児院じゃ、孤児院らしい事は何もしてくれませんでしたから。だから、わたしは兄さんのおかげで今日も文字が読めるんです」
「クルースニクは本当に立派なお兄さんじゃないか」
 自分が褒められたわけでもないのに、なぜかユウリィは頬を赤くした。
「あの時兄さんがわたしに教えてくれたたくさんの事があるから、今わたしは落ちこぼれにならずに済んだんです」


おしまい


→WA小説へ
→home