ジューンブライド?


 日曜日。
 さんさんと太陽の光が降り注ぐ朝。
 まだ少しだけ、寝惚けた顔の子林檎ちゃんとお父さんが、テーブルについています。
 お父さんと一緒にちょっと個性的な味のスープとパンと目玉焼きの朝ごはんを食べて、すっかりおなかいっぱいになってご機嫌な子林檎ちゃんはお父さんに言いました。
「あのねお父さん。月曜日に体育があってね。かけっこで一番になったんだ」
 お父さんは平日はお店で忙しいから、休日にまとめて学校の出来事を話すのが、ヴァスケス親子の日常なのです。子林檎ちゃんはそれを少し寂しく感じていますが、これもお父さんのお仕事なのですから仕方ないと思っています。それにお父さんだって本当はそれを寂しく感じているに違いありません。子林檎ちゃんだけが寂しいのではないのですから、きちんと我慢しなければいけません。それに日曜日にはお父さんを独占出きる事を考えたら、子林檎ちゃんも少しは寂しくなくなるのです。
 月曜日にはこんな事をしてね、火曜日にはあんな事があってね、…と指折り数えながら一生懸命話す子林檎ちゃんを、お父さんはにこにこと見つめています。とても幸せそうです。
 そんな楽しそうなお父さんの顔がもっと見たいから、子林檎ちゃんももっと一生懸命もっとたくさん話してあげなきゃと思うのです。眠たい目をごしごし擦って、子林檎ちゃんは続けます。
 そして、子林檎ちゃんの話はついに金曜日の事に移りました。
「それでね、金曜日にね、コリン君とお約束したの」
「へえ、何を?」
「大人になったらケッコンしようねって」
 それを聞いた途端、お父さんの顔は真っ青になりました。しかし子林檎ちゃんにはどうしてお父さんが青くなったのは分かりません。おなかでも急に痛くなったのでしょうか。
「お父さんどうしたの?」
「…。…。…。…。何ィッ?!」
 すっとんきょう、とはこの事を言うのかもしれません。子林檎ちゃんは覚えたてのその難しい単語を思い浮かべました。とりあえず、お父さんには今の子林檎ちゃんの報告が聞こえていなかったようなので、もう一度、一から説明する事にしました。
「だから、ケッコン。10年後の今日に挙げる事になったのよ。だってほら、今月って6月でこの月にケッコンすると縁起がいいんでしょ。だから10年後の6月に結婚式を挙げるのよ」
 6月にケッコンする事は「ジューンブライド」と言って、とっても縁起が良い事を子林檎ちゃんは知っていました。折角ケッコンするのなら、縁起のいい時にしたいと願う子林檎ちゃんはなかなかロマンチストです。
 お父さんの拳がぶるぶるしている事に、この時初めて子林檎ちゃんは気付きました。お父さんは怒っているのでしょうか。コリン君との事を秘密にしていたから怒っているのでしょうか。子林檎ちゃんとしては、別に秘密にしていたつもりではないけど、話す程大きな出来事とも思っていなかったのです。なぜって、子林檎ちゃんの一番はいつだってお父さんだからです。コリン君には、一方的に好かれているだけに過ぎません。子林檎ちゃんだってコリン君の事は好ましく思っていますが、一番大好きな人とは比較できません。
「結・婚・式…だってェ?!」
 今までに聞いた事無いくらいの高くて大きな声で、お父さんは叫びました。どうも、怒っているのとは違うようです。ばん、とお父さんは強くテーブルを叩いて立ち上がりました。
 つられて子林檎ちゃんも立ち上がります。
「お父さんは許しませんよッ」
 眉間の間に皺を作って、お父さんは一方的にそんな事を言ってきます。「許さない」と言われても、子林檎ちゃんは困ってしまいます。なぜなら、子林檎ちゃんは昔言われた事をまだ覚えていたからです。その昔、子林檎ちゃんが「大きくなったらお父さんとケッコンする!」と言った時、お父さんはこう言ってやんわりと断ったのでした。

『お父さんにはお母さんがいるからなあ。お前の事は大好きだけど、結婚は出来ないんだ。ごめんな』

 悲しい事に、子林檎ちゃんにとって初めての失恋でした。
 その時、はっきりと子林檎ちゃんには分かったのでした。お父さんは永久にお母さんのもので、いくら二人の子供である自分でも入ってはいけない事が。
 お父さんがお母さんの事を今でも大好きなのは知っています。見えないけれど、お母さんもお父さんの事が大好きなのです。二人は両思いで、子林檎ちゃんはその赤い糸を踏んづける事くらいしか出来ません。
 だからこそお父さんの事をすっぱり諦めて、お父さんより素敵な人を探したのでした。その結果がコリン君だったのです。コリン君がお父さんより素敵かと聞かれると、子林檎ちゃんとしては唸ってしまいますが、コリン君が子林檎ちゃんの事を大好きだと言うので、そんなものかと思っていたのです。素敵さで言えばやはりお父さんには敵いません。
 お父さんが「自分はダメだ」というので違う人を探してくれば「それもダメ」と。では一体どうすれば良いのでしょうか。それじゃ一生ケッコンできないかもしれません。それは子林檎ちゃんにとっては大問題です。嫁き遅れ、という単語が子林檎ちゃんの頭に浮かびました。お友達から聞いて知ったその単語は、お嫁さんになれなかった人の事をそう呼ぶそうで。そんなのは絶対に嫌です。子林檎ちゃんとしては、なるべく早くに(お母さんみたいに)ケッコンして、早く子供を生んで若くてきれいなお母さんになるという未来を想像しているのです。
 子林檎ちゃんはむくれて、お父さんが昔子林檎ちゃんと交わした言葉を口にしました。それを聞くと、お父さんは子林檎ちゃんよりもっとむくれました。自分で言った事に、覚えがあったようです。
「言った、言った、確かに言ったけどさぁ…ッ!」
 どこの馬の骨とも分からん奴に、うちの子は渡さんッ!
 お父さんはそう主張しました。しかし、その主張の強さ程には表情は強気には見えません。むしろ今にも泣いてしまいそうです。地団駄を踏んで口惜しがって、これではどちらが子供なのか分かりません。
 馬の骨って何だろ、コリン君は馬の骨じゃないけどなと子林檎ちゃんは思いながら、お父さんの言葉尻が徐々に弱くなっていってしんみりしていく様子を眺めていました。
 お父さんはすっかり意気消沈してしまったようです。
 お父さんに比べるとすっかり大人な子林檎ちゃんは「あーあ」と言って首を竦めると、仕方ないといった風情でこっそりこう思うのでした。

 しょうがないなあ。
 コリン君とのあの約束は、ナシにさせてもらわなきゃ。
 それに、もう少し大人になるまでは、可哀相だからお父さんとケッコンしたいって言ってあげる事にしようっと。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございました。
萌えが高じてついうっかり。ヴァスケス親子はひたすらラブラブなの希望です。
ちなみにアルノーお父さんの喫茶店は日曜日休みなのです。大柳的設定失礼。
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