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この温度を忘れない


 一言で例えるならば、「がやがや」。
 教授の研究の一休みとして選び向かったその街は、異様に活気に溢れていた。慣れない人の多さに、ただひたすらキャロルは「はわわ」と感心する事しきりだった。
 人の行き交いが激しい。通りには賑わいがあり、家と家とはリボンのようなもので結ばれている。ちょっとしたパーティーの時に、部屋の飾りつけでよく見るあれだ。
 …この街で、一体何が起こっているのだろう?

「この騒ぎは一体何なのでしょうか?」
 ようやく冷静を取り戻したあと、キャロルは隣にいる教授ことエルヴィスに問い掛けた。うむむ、と答えてその筋骨隆々とした男性は顎に手をやる。
 エルヴィスが、掲示板に貼られた広告に顔を寄せた。
「ふむ…お祭りだそうだよ。年に1度の」
「お祭り、ですか?」
 がやがやと賑やかな街。街中には市も出ており、大声を上げて客寄せをする店員やそれにつられてついついつまらないものを買ってしまっている客とでそこはごった返していた。
 中心部に特に人が集まっていると聞いて、エルヴィスとキャロルはそちらへと移動する事にした。何度か、街を忙しく行き交う人にキャロルはぶつかりそうになる。そう機敏でもない自分と、そして足元には注意を払わない大人。ぶつからない方がおかしい。あわわ、と声を上げると、それに気付いたのかエルヴィスがキャロルの顔を覗き込み告げた。
「キャロル、危ないからワシの手を繋いでいるんだよ」
「あ、ハイ」
 差し出されたごつい手を握るのは、ようやく慣れた。
 最初は抵抗もあった。エルヴィスの事は信用しているけれど、とにかくガタイが良すぎる。とんでもない怪獣と相対しているようで、出会って最初の頃は落ち着かなかった。極端な事を言えば食われそうでもある。エルヴィスはその見た目とは裏腹に、普段は落ち着きのある紳士である事を知ってから、キャロルはようやく彼を認める事が出来るようになった。
 キャロルはエルヴィスに合わせて出来るだけ大股で、エルヴィスはキャロルに合わせて体型に合わないちょこまかとした歩き方で、二人は街中心部へと向かった。

「あ…」
 街の中心部の特設ステージに辿り着けば、そこでは既にお祭りが始まっていた。
 ごちゃごちゃと人が集まっている。マイクを通してキャロルにまで響いてくる声。司会らしく、騒がしいなかでも通る声が街中に響いていた。
 それでも、大人たちが塞いでしまって会場が見通せない。まだ子供であるキャロルでは、背伸びしてもたかが知れている。それでも意地を張るように大人たちに混じってぴょんぴょんと跳ねた。視界は変わらず、青く澄み切った空しか見えない。
「はう…」
 賑やかで楽しそうな笑い声が会場から聞こえてくる。きゃー、だとか、わー、だとか自分と同じくらいの子供の無邪気にはしゃぐ嬌声とつられるように騒ぐ大人たちの歓声。そんなものを聞いて諦められる程には、キャロルは大人ではない。余計に会場に何があるのが気になってしまう。とはいえ。

 まさか教授に肩車してもらいたい、なんて。

 言える筈もなく、キャロルは元気を失くしてしまって俯いた。
 教授と自分との間には、踏み入ってはならない境界がある。肩車する事自体は、筋肉が無駄なくらいついているエルヴィスにしてみれば易しい仕事に違いない。けれどそれは間違いなくキャロルの我が儘だ。子供っぽい発言をして、エルヴィスをがっかりさせたくない。余計な仕事をさせて、今回やるべき研究に費やす時間を減らしたくない。
 教授の負担にだけは、なりたくないのだ。
「…」
 空は遠くていい。自分の望みなど、叶わなくとも良い。一緒にいられるだけで、自分には過ぎた幸福なのだ。ただ望むとすれば、いつまでもこうして教授と一緒にいられる事だけ。…
 「もう行きましょう」と言うためにエルヴィスに視線を送って、そこで初めて気が付いた。エルヴィスがこちらをじっと見つめていた。瞳の奥にゆらゆら揺れているのは、純粋な愛情。誰かからの視線にいつまでも慣れないキャロルはそれとは視線を合わせないようにしながら話し掛けた。
「どうか…しましたか?」
「それはワシの台詞だよ。どうしたのかな、キャロル?」
「あ、いえ、何でもありません、ハイ!」
 嘘を吐きながら、笑顔かつはきはきした口調で話す事には子供の頃から慣れっこだ。が、エルヴィスは一体何に気付いたのか目をカッと見開いた。ぎょっとして一歩引き下がるけれど、エルヴィスはキャロルに詰め寄ってこう叫んだ。

「うわ~~ん! キャロルがボクに本当の事を言ってくれない!!」

 エルヴィスは号泣しながら腕を「ムン!」とストレッチさせてこれでもかと筋肉を見せ付ける。彼なりの感情の表現方法らしい。キャロルにはよく分からないが。
 エルヴィスはなおも大声で、司会もびっくりしてつい黙り込んでしまう程の音量で「キャロルに反抗期が! ついに!!」と泣き叫び続けていた。
「わわっ、教授! 恥ずかしいから大声で喚くのは止めて下さい!」
「だって、だって、ボクのキャロルが~~!!」
「はわわ~、教授~!」
 周りの人間に注目されるのを恥ずかしく思って、エルヴィスの暴走を止めるために彼の大きな足にしがみ付いた。途端、キャロルに傷がついてはいけないと常日頃意識しまくっているエルヴィスは一歩も動けなくなる。
「教授、外で大騒ぎするのはみっともないから止めてくださいって前に言ったばっかりじゃないですか!!」
 エルヴィスの暴走は、実は珍しい事でもない。キャロル絡みの事なら何でも、例え些細な事でもエルヴィスは頻繁に我を忘れて「ボクのキャロルが~!」と大騒ぎする。
 ぴたりと発作の収まったエルヴィスをおそるおそる見上げてみれば、そこにいたのはいつも通りの無茶なエルヴィスだった。
「そう思うなら、キャロル、ボクに肩車されなさい!」
「は、はう…」
 何でそうなるのか。もじもじしながらスカートの端を握って、キャロルはエルヴィスの様子を眺めた。そんなにエルヴィスは自分を肩車したいのだろうか。
「さあ、おいで」
 キャロルが嫌がる程の無理強いはしない。けれどいつも無茶を言う。エルヴィスは常にそのギリギリをゆく。知っている、キャロルが自分からは「肩車してほしい」とは言えないから、エルヴィスが先手を打っている事を。甘い優しさに、キャロルは頬が熱くなるのを感じた。キャロル自身が控えめで、嫌われたくないから我が儘を言わないのも、全て承知の上で彼は無体を言う。
「…ハイ、教授」
 すると突然、ぐわっ、と視界が持ち上がった。急に空が近くなり、キャロルの眼前に迫るのはイベント会場。司会も、それに見入る観客も、既にエルヴィスとキャロルには興味を失っているのかただ会の進行に熱中している。
 よく、見える。全てが。けれど喜びより先に来るのは驚き。
「わあああッ?!」
「どうだい、キャロル、見やすいだろう」
「あ、あの、…はいです…」
 感じるのは、何だかドキドキする気持ち。掴まっている教授の頭は温かくて心がほかほかするのをキャロルは覚えた。あったかい。エルヴィスの気持ちと同じくらい、温かくて優しい。
「空が…近いですね…」
 この温度を忘れない。そう思った。
 エルヴィスは自分を地獄の底から救い出してくれた。それだけではなくて、優しい気持ちでキャロルを満たしてくれた。それが押し付けがましいわけでもなくて、キャロルと同じくらい控えめな優しさであるからこそ、キャロルはエルヴィスと打ち解ける事が出来たのだ。
 胸いっぱいの感謝の気持ちと、教授を大好きな気持ちとがないまぜになって、キャロルはエルヴィスの頭にしがみ付いた。それに気付いているのかいないのか、エルヴィスはのんびりとした口調でキャロルに語りかけた。
「どうだね、キャロル、よく見えるかな?」
「…ハイ、です」
 キャロルは耳まで真っ赤になりながら、今度こそ混じりけのなしの純粋な笑顔で、ごにょごにょとエルヴィスの耳に何とか届く程の声量で囁くのだった。

「…教授、ありがとうございます」

「なんのなんの。ワシがお前を肩車してあげたかっただけだよ。キャロルが感謝する事なんて、何もないじゃないか」
「…はい」

 この日。
 とても仲の良さそうな一組の親子…らしき壮年と少女がそこにはいたとか。


おしまい


■あとがき
「アンケートついでにリクエスト企画(2007年2/15~3/15)」の第六弾。
リクエスト「エルキャロで、キャロルを肩車する教授のお話」でした。
身長差・体格差に萌えを感じるコンビです。親子最高ですね。
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