いつもはお喋りなメリッサが黙り込んでいる。何事かと思って隣にいる彼女を覗き込んでいれば、そこにはすっかり眠り込んでいるメリッサ・アウィルがいた。 夏の近付くある日、午後3時の気温は寝不足の人間を眠りに引きずり込むのには十分な温かさだった。更にそこが電車内であるならば、尚更。心地いい揺れが誰かれ構わず眠りへと引きずり込む。メリッサにつられるように、その膝元でまだ幼いクラリッサがぐるりと寝返りを打った。 親子揃って昼寝と決め込んでいる、この平和ボケした空気がフィアースは嫌いではなかった。例えひとり取り残されたとしても。すやすや、という寝息が聞こえてくるのが、取り残された自分に対する嘲笑のようにも取れてフィアースは口の端を歪ませた。 「ん…」 膝の上のクラリッサの重みに耐えかねたのか、メリッサがうっすら目を開けた。目を覚ましたらしい。 「起きたか」 「うわ、あたし寝ちゃってた?」 「熟睡していた」 「悪いね、ひとりで番させちゃってさ」 「気にするな。役に立てるなら、これくらい何でもない」 「役に立てる、ねぇ…」 フィアースは用意していたコップを差し出した。メリッサはごきゅごきゅと喉を鳴らして水を飲み干すと、「でもねー」と妙な話の始め方をした。 「あたしとあんたは家族なんだから、役に立つとか立たないとかじゃないの。あたしはフィアースが役に立つと思ったらから迎え入れたんじゃないんだよ、分かる?」 「…よく、分からない…」 突然何を言い出すかと思えば。フィアースは静かに首を横に振る。 フィアースの反応の鈍さに、メリッサは「あーもー」と唸って頭を掻いた。 「あのね、家族ってそういうもんなの。あたしはクラリッサが家事の手伝いをしてくれるから好きなわけじゃないの。家族だから好きなんだよ。…あんたの事だって、タッパあるから高所に手が届いて便利だなって、そりゃ思わないでもないけど、」 「思うのか」 「思うね。って、茶化さないでよ。フィアースの事は家族だと思ってるから、役に立つとか立たないからじゃなく、これからも傍にいてよ、ね?」 「分かった。あなたがそう言うのなら、俺はあなたの役に立とうと無闇に意気込むのは止めておく事にする。しかしそれでも出来るならあなたの役に立ってメリッサの負担も減らしたい」 フィアースの理解度が低いのを認めた所為か、メリッサは苦笑した。 「…分かっちゃないな。…ま、いいけど」 分かっていないのは、おそらくメリッサの方だ。とフィアースは改めてそう感じた。メリッサの――何処かユーリアに似た雰囲気のあるこの女性の力になりたいといつしか願い始めているこの気持ちを、メリッサはとんと分かっていない。この気持ちが何であるのか、その気持ちの正体は未だ掴めていないけれど、…今はただこの世界に在って、メリッサとクラリッサのためにこの力を役立てたいと思った。
おしまい |
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