「……お見合い、」
一瞬。
クルースニクの口から出た言葉が信じられなくて、ユウリィはマグカップに紅茶を注ぐのも忘れてクルースニクを見つめた。
昼。
昼食を食べて一息ついて、ティータイムにしようかと言っていた時だった。
クルースニクは自分の分のマグカップを受け取ると、厳かに告げたのだった。
ユウリィはポットを置き、クルースニクに歩み寄った。
「今、何て、」
「お見合いを、どうかと勧められたんだ」
「誰に」
「隣の……、ブレアおばさんに」
ああ、とユウリィは嘆息する。ブレアは昔から自分たちの関係を疑問視している人物のひとりだ。
おそらくは、ユウリィの将来を危ぶみクルースニクをユウリィから引き離そうと必死なのだ。
おせっかい。そんな事を思う。
違うのよ。そんな事も思う。クルースニクばかりがユウリィの事を好きなのではない。ユウリィもクルースニクの事を愛しているからこそこうして傍にいるのだ。
ひとつ屋根の下に。既に兄妹としてではなく、恋人として。
「ブレアおばさん、遅すぎるわ」
「俺もそう思う」
引き離すのには、少し遅かった。自分たちは既に禁断の関係へと足を進めていた。
近親相姦。
なんと恐ろしい単語なのだろう。そして、それは罪であると分かっている。
愛した人が兄だったというだけの事だ。だが、人はそうは見ない。
兄が妹の事を束縛し、いいようにしている。例えばブレアおばさんはそう解釈しているのだろう。
違うのだ。お互いに愛し合っていて、そしてこれからもこうでい続けようと決めて選んだ道だ。
後悔は無いけれど、時折向けられる視線が痛い事もある。
人は気付いてはいない筈だが、ブレアのように聡い者もいる。
ユウリィはおそるおそる尋ねる。
「……受けたり、しないよね?」
「……」
沈黙は肯定。
その意志を感じ取り、知らずユウリィはクルースニクに抱きついていた。
ふ、と鼻腔に届く彼の匂いに、反射的に安心してしまう。
それでも無理に語尾を荒くして主張する。
「やめて。受けたり、しないで」
「ユウリィ……、だが……、」
クルースニクは迷っている時には極端に口数が減るのだ。
それを、知っている。
「会うだけでも、と言われたんだ。会った後に好みじゃなかった、と言えばそれで済む話じゃないか」
「でも、わたしは嫌なの」
他の女の人を、そういう目で見るの?
それが、耐えられない。
ユウリィが恐れている事。それは、気を張り続けていなければならない妹との禁断の未来よりも、外に思い切り胸を張れる普通の女の人との未来を彼が望む事だった。
いつかその日が来てしまうのかもしれない。それが恐ろしくてたまらないのだ。
だから、会わないで。強く強く主張する。
「俺が、その人を選ぶと思うか? 信じてほしい。お前以外に、俺の女はいらない」
「でも、ブレアおばさんが、兄さんを放してくれなかったら?」
結婚という提案にはい、というまで兄さんを放さなかったら? そうしたら兄はブレアの策略にまんまとはまり、二度とは戻ってこないだろう。
ことり。
クルースニクはカップを置くと、ぎゅっとユウリィに腕を回した。
「分かった。お前がそういうのなら、受けない」
「……本当?」
「本当だ」
安心すると同時に、ふっと湧き上がる気持ち。泥のように、心の底にこびり付く嫌な気持ちを自覚する。
「……わたし、……兄さんの事、束縛してるよね」
受けてほしくない。女の人になんて会ってほしくない。
嫉妬だ。汚らしいと思う。だけれど、気持ちを止める事が出来ないのだ。
「気にするものか」
クルースニクはふいにユウリィの唇を奪った。
いきなりで、まだ慣れない事に、ユウリィは真っ赤になってしまう。
兄の唇の触れてくる、甘い感触。それにとろけるように。
「に、兄さん……っ」
「お前が傍にいてくれるなら、それでいいんだ」
カーテンが空いていたから誰かに見られていたらどうしよう、と喚くと、構わないとかえってさっぱりした表情だった。
ユウリィはさらにぎゅっと彼にしがみ付いた。
「……好き、何があっても」
この関係が、禁断でも。
この村の人たちが、全員敵に回っても。
「俺もだ」
この見合いを断る事で、どんな困難が立ち塞がっても。
構わない、どんな目で見られようとも。
二人は固い意志を確認しあうと、再び口付けをするのだった。
おしまい
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