公衆の、無責任な言葉の針 |
「ユウリィ。いつになったら彼氏作るの?」 いつもの休日の午後。いつもの友人達を招いた、気の置けない小さなお茶会。それぞれが少しずつものを持ち寄って行うそのお茶会の今日の主役は、ユウリィだった。主役、というよりかは、結局は場所提供者の意味を示すのだけれど。 ユウリィはまだ気付いていない。これが友人たちによる「ユウリィに今日こそ吐かせよう大作戦」である事には。友人たちがやれお見合いだの、やれ結婚だのと忙しいなか、その手の話題からは巧妙に逃れるユウリィに、ようやく友人たちは気付いたらしかった。 今日はいつものお茶会ではなく、ユウリィからそれらしい話を聞きだすお茶会なのだ。ユウリィはそれには気付かず、にこやかにみんなを見つめている。今日の獲物が自分自身であるとは、全く思っていない。 その、いつもの友人達との談笑の最中。その友人のうちのひとりが顔をぐいとユウリィに寄せて、話の矛先を変えた。いわゆる、コイバナ。勿論ユウリィだって女の子だから、その手の話は嫌いじゃない。けれど、まさかその対象が自分に向けられるとは思わず、ユウリィは困ったように笑みを浮かべた。 「わたし?」 「そう、あんたってば何年経ってもそういう面白い話が出てこないんだもん」 「何か無いわけ? 私たちが楽しい話」 友人たちは畳み掛けるようにユウリィに問いかけ、ずい、と身を前に乗り出した。追い詰められている事に、まだユウリィは気付かない。友人たちがぐるになっている事にも。 「ん…と、わたしは…」 「あんたって少しは浮いた話無いわけ?」 「私たちに楽しい話題を提供しなさいよ」 「えっと…」 どう言ったものか。ユウリィは思案する。 彼女たちを満足させられるような話など、出来るわけもない。束の間、ユウリィはその事を考え暗い気持ちに追い込まれた。言える筈が無い。 兄と深い関係になっている、などと正直に告白したら、どうなってしまうだろう? 時折考えるその夢想に、今は浸っている暇は無い。なおも友人たちは好き勝手に言っている。 「でもあんたって確かに、これといって男の人とのお付き合いは無いみたいなんだよねー」 「だって誰とも付き合ってないんだもの。当然でしょ」 「そうじゃなくて。異性の友達のひとりくらい、いたっていいのに。あ、ジュードがそうだっけ? でも彼とも頻繁に遊ぶわけじゃないものね」 「真剣じゃない、ただの友達としての異性なら持たなくていいって兄さんがうるさいの。ジュードは本当に特別な例よ。…どっちかっていうと、兄さんは他の男の人よりジュードの事が好きじゃないみたいなんだけどね」 「敵意剥き出しだよね」 「色々あったからね。…前に。兄さんが好きじゃないと思うのも、兄さんの不器用さじゃ無理ないわよ」 その『色々』は、今はまだ時期であるとは思えず、未だにユウリィの胸の中にしまい続けてある。ジュードもクルースニクも同様に。一旦話し始めれば最終的には神剣の事にまで話が及ぶだろう。誰も英雄になる事など望んではないのだから、彼らが秘密にしたがる気持ちも分からなくはない。 秘密にする事でかえってジュードとクルースニクの仲の悪さを邪推する者もいる。半分は本当だ。クルースニクはジュードの事を嫌いで嫌いで仕方ないのだ。ジュード自身は好意しか持っていないというのに、兄ときたらとてつもなく心が狭いから。 ユウリィが自分以外の異性と付き合う事が、嫌で仕方ないのだ。それが過去の戦いにおいて連敗を記録させられたジュードならなおさら。奪われる、という恐怖心も混じっているのかもしれない。 そんな時はいつだって、どこにも行かないのに、と苦笑せざるをえないけれど。 「じゃあ、ユウリィ、ジュードの事はどうなの?」 「どうって?」 「好き?」 きょとんとする。今まで考えてみた事すら無かった。やあね、と前置く。 確かに可能性で言えば有り得なくはないけれど。今は兄とそういう仲になっている手前、ジュードともそういう仲になり得る事さえ気が付かなかった。兄の事で、手一杯なのだ。 それにジュードとは、共に困難を乗り越えた同志という気持ちの方が強い。 「そりゃあ好きだけど…そういう目で見た事は無いわ。弟みたいなものだもの」 「何だ、つまんない」 「だから言ったでしょ。面白い話なんて出てこないって。だいたい、素敵な男の人がいたとしても兄さんが異性と交際だなんて許してくれないだろうし」 「また兄さん、ね」 友人のひとりがにやついて頬杖をついた。 「なあに?」 「本当にあんたって兄さん至上主義なんだな、と思って。ブラコン」 痛いところを突かれたが、今はただブラコンかどうかというだけの話らしいので、適当に乗っかっておく。ブラコンである事は否めない。恋人であるとは、告白しない。 「…兄さんだってシスコンだし」 だってしょうがないじゃない、と頬を膨らませた。彼は誰より素敵な男性なのだ。 素敵な男の人を見つけろ、なんて友人は言うけれど。そんな人、兄以外に一体誰がいるというのだ。時折恐ろしい程に友人たちは目が見えていないように、ユウリィには感じられるのだ。 「そんなんじゃ結婚だって出来ないじゃないの、お互いがお互いに依存しちゃって」 友人たちの言葉は、時に痛い。兄とは結婚出来ないし、もしも人にばれたらこの街にさえ留まれなくなる。今、楽しそうに笑っている友人たちでさえ掌を返して自分たちを奇異の目で眺めるかもしれなかった。例えそのような不当な扱いを受けなかったとしても、彼等の視点から見るユウリィたちの関係の解釈は「依存」でしかない。 「兄さんはどうか知らないけど…わたしはまだ結婚するつもりは無いわよ」 「相手もいないしね」 「余計なお世話よ…。でも、うちは兄さんがあんなだから、結婚出来るか心配で。わたしは兄さんが結婚するまでは結婚しないつもりよ」 いつもの言い訳。こう言えば、大概はみんな「ああ」と理解してくれるのだ。あのクルースニクならば、ユウリィが待つのも仕方ない、と。嫁を探すのに、全く興味無さそうな態度を撒き散らしながら歩く彼に、誰もが心配そうな目で見つめている。 結婚しない本当の理由は兄と妹が禁断の関係に陥っているからなのに。 「きっとお兄様も同じ事考えてるわよ。ユウリィが結婚するまで、俺は結婚しない、みたいな」 彼の言いそうな事だ。もっとも、お互い結婚などせず二人で生きる未来しか選んだ覚えは無いが。この気持ちが罪でもいい。友人たちに何も知らせず、信用してくれなかったとあとから謗られても後悔などしないのだ。 「だったら、わたし達一生結婚出来ないかも」 にっこり笑って告げると、友人たちは揃ってがっくりと項垂れるのだった。 「嬉しそうに言う事じゃないでしょうが…」 一生結婚出来ないのなんて、むしろ本心だ。願っても叶ってもない。本心は笑顔に包み隠して、ただユウリィは微笑む。 時折投げ掛けられる非難めいた言葉が、全く気にならないと言ったら嘘になる。けれど、あの人の伝わりにくい優しさに触れていれば、言葉の針も溶けていくような気がするのだった。 窓の外、木枯らしが吹きつけて、枯葉が舞い散った。 「まだ、かな。そろそろ、兄さんが帰ってくると思うんだけど」 見遣った窓の向こうには、冬の気配。 針を溶かす温かさが、恋しくなる季節が到来し始めていた。 おしまい |
■あとがき ここまで読んで下さってありがとうございました。 兄出番なし。(笑) 兄もきっと言葉の針は、受ける事もあるんだろうけど。ユウリィ程には気にしてなさそう。 それどころか、仕事場にユウリィのお弁当持っていって同僚に「愛されてるんだな」なんてからかわれて「いや、愛しているのは俺の方だ」って平然と返してそうです。 うちの兄は無敵です。最強さんです。 |
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