理解者


 久しぶりにジュードを、自分の家にアフタヌーン・ティーに招いた。こうしてユウリィが腕を振るって彼のためにお菓子を拵えるのは、本当にどのくらいぶりの事だろうか。
 何せ、クルースニクがジュードを家に呼ぶ事をあまり良しとはしない。ユウリィはジュードの事を友達だと思っているからこそこうして家にも呼ぶが、クルースニクはそうは思わないらしい。ああ見えて嫉妬深い彼の事だから、深読みしすぎて自滅しなければいいけれど。とユウリィは嘆息した。嫉妬深いのは構わないけれど、その矛先が自分でなくジュードに行くのは些かどうかと思われる。そのため息にも気付かず、差し向かいに座るジュードがユウリィお手製のクッキーを頬張っている。クッキーの欠片がテーブルクロスに落ちるのが見えた。
「焦らなくても、クッキーはどこにも行ったりしないわ」
 微笑んでそう告げると、自分の子供っぽい行為に気付いたのかジュードは照れてみせた。クッキーをとにかく口に入れる事を優先したために彼の紅茶は冷め始めていた。
「えっと…、それで、何だっけ? 今日って、何か用事があったから僕を呼んだんだよね?」
「うん…、まあ…、」
 いきなり本題に入るジュードに、ユウリィは曖昧に笑みを浮かべてみせた。言いにくい事を、実にさらりと言い切る彼。実を言うと、どうやって切り出そうかと思っていた所だ。
「…あのね、ジュードはずっと私と兄さんの味方でいてくれるわよね?」
「味方?」
 次のクッキーを口に運びながら、ジュードは分からないといった様子で首を傾げた。やはり少々この手の話題には鈍い彼には一から説明しないといけなかっただろうか。
「わたしと、兄さんの事。…ううん、関係って言った方がいいのかな」
 そこまで言うと、ジュードはクッキーの欠片まみれの両手でぽんと手を打ってみせた。ユウリィの言わんとする事が読めたらしかった。色恋事には疎い彼の事である、もっと直接的な単語まで言う必要があるかと思ったが、理解してくれたようだった。
 直接的な単語。例えばそれは。
「二人は、恋人なんだもんね」
 既に冷たくなった紅茶を、ゆるゆると口へと運ぶジュード。
 ちらり、と見遣って、ユウリィは少し困ったように笑った。わざとその言葉は回避して説明したのに、彼と来たら真っ直ぐすぎる。まるで何も悪い事してないじゃない、とでも言いたげな顔付き。そう思っているのは、間違いなく彼だけ。そしてユウリィとクルースニクの真の関係について知っているのもジュードただひとりきりだけである。
 友達だから、話した。他の人には秘密にしてね、と。どうして隠さなきゃならないのと彼は問うたものだった。
 決まってる。兄と妹だからだ。そうは説明したものの、それでも何がいけないのか彼には分からないらしかった。「本人同士が好きで両思いなら、みんな祝福するべきだと思うけど」と零していた。出来れば、自分だって祝福をもらいたかった。不可能だ。兄と妹だから。
 この村の人たちは親切だが、懐疑的でもある。この禁断の関係を知られれば、村を追い出される事は避けられないだろう。この村の人たちは外の者を受け入れる事の出来る心の広さを持つが、不適切だと感じる思想については閉鎖的だった。輪を乱すととられかねない自分達の関係は、この村人に気付かれれば怪物を見るような目で見られてしまうだろう。
 それが自分だけなら、いい。耐えてみせる。けれど、それが兄に向くようなら、耐えられない。噂好きな人々の所為で、彼は職を失うだろう。自分達は暮らしてゆけなくなる。どこか余所の土地を探して当て所も無く彷徨う事になるだろう。
 それならば、永遠にこの秘密は隠したままで生きてゆきたい。祝福など無くても良い。暮らしてゆくために、秘密は保持されるべきだった。自分と兄とは、公式には兄妹という関係で良かった。ただ、傍にいられるなら何だって。
「ジュードを、信じてるから」
 そう言ったら、彼はけして裏切れなくなる。今やジュードは数少ないユウリィとクルースニクの仲に対する理解者なのだ。失えない。そう思った。
 このまま永遠に友達として。傍にいてほしいと願うのは傲慢だろうか?
「分かってる。僕は、ずっと二人の味方だから」
 にこ、と微笑むジュード。ユウリィの真意など、おそらく理解していないに違いない。

 その時。からり、とドアベルが鳴って。クルースニクが顔を覗かせた。
 ユウリィが笑顔でおかえりなさい、と言うと、「ただいま」も言わないで憮然としている。
 ジュードが家に来ている時、いつも彼はこうなのだ。ユウリィとジュードが話していた、同じ空間にいたというだけで彼は目に見えてはっきりと不機嫌になる。
 はっきり言って27歳のいい大人のする事ではない。10歳以上も年下の青年に心から嫉妬しているのだ。もう、子供じゃないんだから止めて下さい、とユウリィはその度にそれとなく注意するのだが、聞かない。
 相変わらず大人気ないクルースニクに、ジュードは苦笑を洩らした。仕方ないな、僕嫌われてるから、と言ってみせる。10年前から僕ずっと嫌われてるから。10年越しの嫌悪なら仕方ないね。とジュードは物分りよくユウリィに頷いてみせた。ジュードの方がよほど大人びている。
「もう帰るんだろう?」
 クルースニクはあえて不機嫌なのも隠そうとせずジュードに詰め寄った。とにかく、一刻でも早くユウリィから離れてほしいらしい。ユウリィとジュードが同じ空気を吸っているのに耐えられない、とその目が雄弁に語っている。
「帰るよ。ユウリィの話も聞いたしね」
「ありがとうね、ジュード」
「いいんだ。また誘ってね」
 にこ、と微笑んで。ジュードは手を振ると二人の家から出て行った。
 からり、とドアベルが鳴った。

「…」
「…」
 何となく、きまずい空気になる。
「もう、ジュードを呼ぶのは止めろ」
 眉間に小さな皺を作ったまま、独占欲丸出しでクルースニクは呟いた。
「会うのはわたしとジュードがお友達、だからよ。兄さんが思ってるような、そんな関係じゃないもの」
 やんわりと否定すると、それでも、と彼は言い募る。
「でも、止めてほしいんだ」

 分かっている。彼は恐怖しているのだ。
 ユウリィ・アートレイデが人並みの幸せを望むかもしれないという事に。そう思わせないためにも、ジュードという存在はユウリィから切り離されるべきだと、そう彼は考えているのだ。
 ジュードは、クルースニクにとって不要であり悪そのものだった。
 兄と妹。その血から逃れられない二人には、永久に穏便な幸せなど訪れない。仮初めの幸せに身を浸しているその時に、本当の幸せに手が届きそうならば、誰がその手を取らないなどと言い切れるだろう?
 彼の恐怖が、痛いくらい分かるから。もう何も言わず、ユウリィはそっとクルースニクを抱き締めた。
「大丈夫、…」
 クルースニクは、答えない。騙されるものか、と無言が雄弁に語っていた。
 それでも、説得するのだ。自分は、どこにも行かない事を。どこの誰とも一緒に行かない事を。ずっと、永遠にクルースニク・アートレイデの妹としてここで生きる事を、彼に分からせたいのだ。
「わたしは、ずっと兄さんの隣にいます」
 自分には兄が、そして大事なただひとりの理解者がいてくれるから。


おしまい


■あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございます。
大人ジュードなら容認出来ます(いきなり何の話ですか)。
二人の理解者として、彼らをそっと見守ってあげていてほしいものです。
幸せになってくれ兄妹!!(叫)
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