ハウザーが心を静めてから、数ヶ月。
ユウリィとジュードはフロンティアハリムに残りお互いの道を歩み始めていた。
アルノーとラクウェルはどうしているだろう。きっと元気に仲良く旅を続けているに違いない。
ジュードも元気だ。今はアンリの弟子として剣の修行を続けている。
元気がないのはユウリィだけだった。
正確には元気がないのではなく、未完成なものを未完成なまま放っておいたような変な気持ちがするのだった。
昼食を取っていた時、誰かがどたばたとうちに乗り込んできた。
赤い髪。ジュードだ。
「ジュード? どうしたの……」
いやに慌てている。
「ユウリィ! 大変なんだよ!」
我を、失っている。走ってきたのか息が切れている。
「何が?」
「クルースニクが」
心臓が、止まるかと思った。
今も脳裏に浮かぶあの人の名を、ジュードから聞くとは思わなかった。
「兄さんが、どうしたの」
努めて冷静に。
どうせろくな情報じゃない。
遺留品が見つかったとか、遺書が見つかったとか、ますますユウリィを追い詰める材料になるものしか、彼は教えてくれないに違いない。
クルースニクがいなくなった事をこれ以上明確にする材料など、ユウリィは手に入れたくなかった。
「よく聞いてよ……クルースニクが見つかったんだ」
「そう……」
やっぱり。
落胆は、なかったと言えば嘘になるけれど。
分かっていた事だった。
「何だよそう、って! 嬉しくないの?!」
激昂するジュードとは裏腹に、ユウリィはあくまで冷静だった。
「嬉しくないのか……って。人の死体を見て諸手をあげて喜べって言うの?」
そんなの出来ないわ、と言い募ろうとしたら、その出鼻を挫かれた。
「違うんだよユウリィ! 生きてるんだ、クルースニクが生きてるんだよ!」
未完成だったものが完成するような感覚をユウリィは覚えた。
「兄さんが……」
「うん。海に流されて街道の浜辺で倒れているところを渡り鳥が見つけたんだって。今はポートロザリアで入院してるらしい」
「兄さん……」
生きている。生きている。
……実感が沸かなかった。
死んでいるという実感も一度も認めた事はなかったけれど。
「会いに行こう、ユウリィ」
手を、差し出された。
そのジュードに強い意志を感じて。
「うん」
ユウリィはその手を取った。
はるか、北へ。
ポートロザリアの病院に、彼は入院していた。
カーテンをシャッと開けて、ユウリィはしばらくぶりにクルースニクと再開した。
顔は青白く、唇には色がなかった。
目は閉じられたまま、ぴくりとも動かない。
「……クルースニク」
ジュードがぽつりと呟いた。
兄さん、と叫んで駆け寄ろうと思ったけれど上手くいかなかった。
わたしの気持ちは完成しているのに、どうして兄さんはこんなに未完成なの。
意識は、ない。
彼は未だ、目覚めない。
あとからカーテンを押しのけ先生が入ってきた。
「生きているのが不思議なぐらいだよ。いつの間にナゲヤリ君じゃなくなったんだか」
「……先生、いつ兄さんは目覚めますか」
さぁね、と先生は無責任に微笑する。
「ナゲヤリ君の意志次第だね」
「……意志」
兄さんの意地は折れてはいないだろうか。
いや、折れてはいないからこそあの監獄島から生きて脱出できたのだ。
今はただ信じよう。
兄さんの目覚めを。自分の完全な想いを。
つづく
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