あの日の空の色


 がらがらと崩れ落ちる、監獄の檻。
 自分の顔すれすれに石が落ちてきてひやりとした。
「脱出しよう!」
 ジュードか、アルノーか、誰だかは認識できなかったけれど誰かが叫んだ。
 待ってと心の中だけで反論する。
 まだ兄さんと合流してないのに。先に地上へは戻れない。
 でもそんな事を言ったところで皆が止まらないだろうという事も分かっていた。
 そしてまた、自分も死にたくはない。
 結局のところ走るしかないのだ。
 先行する子犬を見ながらあれこれと考える。

 もう、どうでも良かった。
 本当は兄さんと手を繋ぎたかった。
 兄さんの大きな手から強さと優しさをもらいたかった。
 ハウザーと戦わなければならないという決意をもらいたかった。
 でも無理だったから。兄さんの意志がほのかに残るジュードの手を握ったけれど。
 ますます虚しくなるばかりだった。
 兄さんはただわたしを守るためだけに今まで戦ってきた。
 わたしは? と自問する。
 わたしだって、兄さんを守りたかった。助けたかった。
 この戦いが終わったらどうするかも考えていた。
 兄さんと一緒に静かに暮らそう。二人が失くした時間を取り戻そう。
 そう思っていたけれど。
 兄さんがいないんじゃなんにもならない。
 これからどうしたらいいのか、急に見えなくなってしまった。
 目隠しされた気分だった。
 クルースニクと共にある未来を思い描いていたから、クルースニクなしの未来は想像さえ出来なかった。

 何だか疲れてしまった。
 この道は果てないし、これから続くだろう道も果てがなさすぎる。
 自分には長すぎる。

 アルノーが遅れがちなユウリィとラクウェルを叱咤する。
「外だ、光が見える! もう少し頑張れ!」
 確かに前方に光が見える。
 もう少し。そして。
 ぱっ、と視界が開けた。
「眩しい……!」
 ユウリィは光の強さに目を細めた。
 ようやく目が慣れた頃、ジュードが手を握ってきた。
「行こう、ユウリィ。この島もすぐ沈むだろうから。アルノーにポートロザリアに連れてってもらうまでが僕らの戦いだよ」
 答えずに、空を見上げた。
 青い青い雲ひとつない空だった。
 物語の終わりはいつも夕焼けで終わるはずなのに。
 兄さんに聞かせてもらった童話の結末はいつも沈む太陽とともにあった筈なのに。
 なら、まだ終わっていないと言える?
 兄さんとこれっきりにならないと言える?
 兄さんにおかえりなさいと言える日は来る?
 うん、……きっと。

 それは思うだけの心。
 思う事は信じる事とは違うから。
 信じてない。信じる事は出来ないけれど。
 だけど、ただ今は。
 この空の色を一生忘れないだろうと確信できた。


つづく


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