近頃、彼女の様子が変だった。
「…ユウリィ、大丈夫?」
「何が?」
「…なんか、よく分からないけど。でも、…調子が悪いように見えるよ」
調子? と呟いて彼女は微笑む。
その顔は、どうして見たって、いつもより青白くて血の気が無い。
いつからだっただろうか。
一緒に暮らし始めて何年も経つが、こんなに調子の悪そうなのが続くのは初めての事だ。
風邪、というのでもなさそうだった。
熱があるわけでもない。正気を保てないというわけでもない。
だが彼女は変だった。
これは彼女と長く暮らしてきたジュードの直感とでもいうものだった。
あの長い逃亡生活の果てに、ラクウェルたちと別れ、自分たちはハリムに残った。
それから何となく二人で過ごしてきて10年という月日が経った。
ジュードは森林保護官となり、森の家とこちらとを行き来する日々。
ユウリィは教師となり、ハリムで心穏やかに生きる日々。
結婚した、というわけではないがこのハリムの住人の中では自分が一番ユウリィの事を分かっているという自負がある。
何といっても10年である。このハリムの中では一番自分がユウリィと一緒にいる。
癖だって。困った時に小首を傾げるユウリィを何度見たか分からない。
見抜けない、筈がない。
近頃のユウリィはやはり変だった。
「食欲もないみたいだし…」
「そんな事、ないわ。ちゃんと食べているもの」
「嘘。最近ずっと食べてる量が少ないよ。僕が見抜けないなんて思ってやしないだろうね」
彼女は困ったように微笑むだけ。
どうして。分かっているくせに、ユウリィはけして肯定しようとはしない。
今だって。マグカップの中のココアを眺めるばかりで、けして口を付けようとはしない。
昔から、そういう節はあった。
聞かれたくない事には口を噤み続けるところは、昔と変わっていない。
15歳の頃からユウリィは沈黙によって危機を回避しようとするところがあった。
でも、それでは駄目だ。そう思う。
ユウリィの事を分かりたいから。
苦しいかもしれない。告白することは痛いかもしれない。
それでも、分かち合いたい。
それとも、自分では頼りにならないのだろうか。だから話してはくれないのだろうか。
きっと僕はユウリィの役に立つし、それに僕は……ユウリィを守りたいんだ。
あの約束はずっと在るから。
クルースニクの代わりにユウリィを守るって。
でもそれは自分が彼の代理でい続けるという意味ではない。
これからもずっと僕がユウリィを守るんだ。
もしか明日クルースニクが帰ってきたんだとしても、ユウリィを守るのは自分の役目だ。
そして、けしてクルースニクが帰ってこない事も、ちゃんと分かっている。
クルースニクが手を離した瞬間を、ジュードは10年経っても忘れられずにいた。
あの時の出来事を、未だにユウリィには告白していないけれど。
…言える訳が無い。
どんなに守っていくよと宣言しても、彼女もそれを認めていても。
ユウリィは口を噤み続けるのだろう。
こう見えて、頑固な彼女だから。
それを分かっているから、ジュードは話してくれるまで待とうと決めた。
「分かったよ…もう。話してくれるまで、待つから」
「話す事なんて何にもないわ。わたし健康なのに、ジュードが勝手に不健康って決め付けてるだけだもの」
「ユウリィってホント頑固、…」
話してくれないのは、自分を頼っていないから?
信用していないから?
話す程の価値がないから?
そう思いたくなってしまう弱い自分を叱咤する。
そんなわけ、ない。
ユウリィは僕の事を一番信頼している筈だ。
そうでなければ10年以上も一緒にはいてくれない。
ただ、待とう。彼女の事を思えばこその、選択と決意だった。
つづく
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