目を閉じて、その時を待つ2 -Yulie Side


 …目の前が、くらくらする。

 近頃の自分はおかしいと感じていた。
 ひどい立ちくらみがするようになっていた。最初は生理がひどくなったのか、というくらいの軽い気持ちだった。
 だがそれは生理が終わってからもなお立ち去る事はなかった。

 ひどい貧血。
 目の前によくきらきらしたものがちらついていた。

(…これは、何)

 近頃震えの止まらない腕。制御のきかないこの体。
 この体に一体何が起こっているのか。

 一緒に暮らすジュードには、言えない。こんな不調を。
 彼はきっと過剰に心配するだろう。それは避けたかった。
 何でもないと一番信じたいのは自分だから。

『君を守るよ、絶対!』

 ジュードはあの時の約束を守り続けている。
 だが…今回こそこの約束は破られそうな、そんな気配がしていた。

 どうしたら、いい? この不安に。
 食いつぶされそうな不安にどうしたら打ち勝てる?



 授業が終わり、ほっと一息ついた瞬間に、突然それはやってきた。
「…先生ッ?!」
 ユウリィの不調に、生徒たちがわらわらと駆け寄ってきた。

 黄色と赤と橙色と。
 ちかちか光るものが眼前に迫ってきてユウリィはその場に跪いた。
(…見えない)
 とても、立っていられない。
 ふいに視界が暗くなる。光が認められなくなる。
 ひどい、ひどい貧血だ。でも今になってどうして?

「ごめんなさい…先生ちょっと調子が悪いみたい…」
 ぼそぼそとそれだけをようやく呟くと、生徒たちはそれでも危機だという事は分かったらしく慌てて先生を呼ぶために走っていった。
 おおごとになってしまうからやめて。そのために差し出された手はしかし空を切る。
 がくんと体が動く。その拍子に喉の奥につまる何かを感じた。
(気持ち悪い…)
 咳を繰り返す。そして右手に収まったそれを見て愕然とした。

 血。

 自由にならない視界で。それでもうろたえる。
(この体に、何が起こっているというの)
 ただひたすら、ユウリィはその場で呆然としていた。



 程なくユウリィの体調不良がジュードに知られる事になる。
 前から感づいていた、とジュードは怒りをあらわにして言う。

「どうして黙っていたんだよ」
「だって、…おおごとにしてほしくなかったの」
「ユウリィが血を吐いたんだよ?! おおごとに決まってるじゃないかッ!」
「そうじゃ、ないの…」
「じゃあ何なんだよッ」
「…」
「何とか言いなよ、ユウリィッ!」

 彼は結局決定的なところで分かっていないのだ。
 ユウリィがどういう事に悩み苦しんでいるのか。
 言葉にすれば全てが楽になると信じている節が、彼にはある。
 仕方ない。ジュードはそういうふうに育ってきた人だから。
(でも、わたしはそうじゃない)
 彼と決定的に違うのは、幼少時の生き方。これに尽きる。
 毎日泥のような世界で死にたいと願いながら這うようにして生きた自分と、太陽の申し子のように伸び伸びと自由気ままに生きてきた彼。
 彼はあのような残酷な目に、遇った事がないから理解出来ないのだ。

「…何にも、話す事なんてないわ…」

 言葉にすれば現実に変わる。その恐ろしさをジュードは知らない。
 分かりたくない、自分だって。変貌していくこの体を。
 口に出せば、それを現実だと認めなければならなくなる。
 それが、嫌だから。

 苛々するあまり舌打ちするジュードをじっと見つめながら、ユウリィはたった1つ考えられる不調の原因に思い当たっていた。
 そして、その予測が正しいのなら。

(…わたしはもうじき死ぬんだわ)

 暗い予測に、しかし確信しか持てない。


つづく


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