未だ教職に復帰できないユウリィ。
ジュードはただ甲斐甲斐しく世話する事くらいしか出来る事がない。
「ごめんね、ジュード、ありがとう…」
「気にしないで。僕が好きでやっているんだからさ」
「うん…」
本当は歯痒いのだ。
先日のあの口論以来ユウリィは貝みたいに口を閉ざしている。
釈明も、説明も、何も無い。
何も無いけれど、いつかは話してくれると信じてこうして隣にい続けるのだ。
欲しいのは謝罪ではない、ただ教えてほしいだけ。
自分のいないところで、血をまた吐いているらしいユウリィ。
隠し通せるなんて本当に思っているのだろうか。
こんなに近くにいても、自分に出来る事なんてたかが知れている。そのたかが知れている程度の助けでユウリィは本当に楽になっているのだろうか?
彼女がこんなに苦しんでいるというのに自分ときたらぼけっと突っ立っているだけだ。
僕は本当にユウリィを守りきれているんだろうか。
多分、クルースニクなら。
こんな風に迷ったりなどしないのだろう。
信じる事にかけては誰にも負けなかったクルースニク。ここにいるのが自分でなく、クルースニクであったなら、「教えて」と詰め寄ったりはけしてせず、ユウリィの精神を追い詰めたりはしないのだろう。
そしてユウリィもクルースニク相手になら口を開いているのかもしれない。
全て、架空の話。だけど。
(クルースニクがいてくれたなら、良かった)
*
食欲は落ちたまま。ジュードの作る食事はユウリィのには遠く及ばないとはいえなかなかのものだ。それでもユウリィは半分以上いつも残している。
顔の青白さは変わらない。「貧血なの」と彼女は言う。それは本当らしい。ベッドから降りる時もくらくらすると言っていた。
気付けば白く細くなっていた腕。力強さなんてどこにもない。
切ったりんごを差し出すと、ユウリィは「ありがとう、でも…」とまた断った。
「駄目だよ、食べないと」
「うん、でも…おなか、減ってないの」
徐々に人間性を失い人間ではない何かに変貌していく彼女。
どうしたらいい。
どうしたらいい。
どうしたら、止められる?
胸の中に泥のようなものが溜まっていくのが分かった。
医者に見せた方がいいに決まっているけれど。
ハリムには医者はいないから、遠方まで呼びに行って来てもらうしか方法は無い…。
ユウリィの症状は悪化の一途を辿っていた。
だが、風邪ではない明らかに嫌な予感のするこの病気を診る事の出来る医者などいるのだろうか。
「ねえ…ユウリィ。お医者さんに行かない? …」
「お医者に…?」
「うん。モルガン先生とか、どうかな。きっと頼りになると思うんだ」
「…多分、無理よ」
返ってきたのは諦めの表情と否定だけだった。
「わたしのこの病気、…誰にも治せないわ」
「…どうして」
「孤児院時代時代に受けた投薬の影響が、今になって出て来たものだと思うから」
「…な」
言葉が出なかった。
確かにそう言われてみれば不可思議な症状の説明がつく。
でも、だからってそんな事が。
話してくれた事の嬉しさと、しかしそれよりも大きい衝撃とがないまぜになる。
「でも、孤児院にいたのはほんの数年なんでしょ? 孤児院を出てからもう十年以上経ってるんだし…有り得ないよ」
「わたしも、そう思いたかったよ」
窓の向こうを見るユウリィ。
その表情はまさしく、死に向かう者の目だった。
このような人間の目を見た事がある。
…クルースニク。
どこまでも二人はやはり兄妹なのか。
「…だめ、だめだよユウリィ…何弱気になってるんだよ…ッ!」
「弱気じゃあ、ないわ…弱気なんだったら、こんなに落ち着いてないもの」
彼女の仮説が正しいのなら彼女は助からない。
どんな医者に見せても。原因不明のまま彼女は近いうちにここからいなくなる。
…耐えられない。
戦う気のないユウリィにも、その未来にも。
ユウリィがいなくなったら、僕は本当に世界にひとりぼっちになってしまう。
「させない、させないよ。ユウリィを必ず生かしてみせる。僕も頑張るから…ユウリィも頑張ろうよ、ね?」
「…うん」
覇気のない返事には気が付かない振りをして、ジュードはひとりで拳を固めた。
*
数日後、ユウリィは高熱を出して意識を失った。
つづく
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