目を閉じて、その時を待つ4 -Yulie Side


 原因を考えればそれ以外には考えられなかった。
 白い孤児院で飲まされたたくさんの薬。あるいは拷問に似た実験。
 それらがじわじわと自分の体を蝕んでいったのだ。

 不思議と怒りは湧き上がってこなかった。
 ただあるのは諦めにも似た遣る瀬無さ。

 ユウリィ・アートレイデの人生はこれでおしまい。そうなんだとしたら今まで生きてきた事の意味は?
 意味なんて、どこにも無かった。孤児院に入ったあの時に全ては終わっていた、そういう事になる。
 無駄だったのだろうか。
 いっその事あの時死んでしまっていても、何も変わらなかったのではないか。

 …そうではなくて、とにかく生き抜いた事にこそ意味がある。
 そう証明出来る人がたったひとりだけいる。

 クルースニク・アートレイデ。

 ユウリィは彼がどうなったのか知らない。
 いや、薄々感づいてはいるがジュードが話さないため真実を知らされていないと言った方が正しい。

 もし彼が今もなお生きているとすれば、彼なら言える筈だ。
「俺とユウリィは間違ってなかった」と。
 苦しかったけれど、生き抜いた。そうして良かったし、そうするべきだった。
 迷いない口調で断定してくれる筈だ。
 そうしてユウリィは微笑んで死んでゆけるのだ。
 そうね、生きてて良かった、と。

 けれど彼はどこにもいない。ユウリィの目には映らないのだ。



 目を覚ますと、ジュードがそこにいた。
 何だかとても体が熱い。息が荒くなるのが自分でも止められない。

「ジュード…?」
「具合は、どう? 3日も目を覚まさなかったからすごく心配したんだよ」
「3日…」

 現と夢の境目の世界で兄の事を考えている間に、もうそんなに時間が経ったのか。
 ぼんやりと夢の中の世界を反芻する。何秒もかかってから、ああ兄の事を考えていたのだったと思い出す。
 その作業さえ、ひどく億劫だった。
 もぞもぞとベッドから這い出し、枕を腰に当てた。

「何か飲む?」
「うん…お水が欲しいな」

 言うと、ジュードは水差しを取り、コップに注いでユウリィに渡した。
 自覚していなかったが、コップが手に渡された瞬間にひどい喉の渇きを覚えた。
 一気に飲み干す。

「ありがとう…もう、大丈夫よ」
「おなかは減ってない?」
「ううん、…そっちは全然」

 食欲は戻らないまま。きっともう永久に戻らないだろうという予感があった。

「他には、何かしてほしい事はある?」
「してほしい事、…」

 考える事を拒否する脳。それを無理矢理、集中させる。
 必死にこちらを見つめるジュードが、痛々しくて。
 消えてしまう。何を言っても、何を望んでも。お互い分かっているのに分からない振り。

 望むのはひとつだった。
 本当の事が知りたい。

 兄はどうなったのか。
 生きているのか、生きていないのか。ジュードが助けたのか、ジュードでさえ届かなかったのか。
 本当の事が聞きたかった。
 ジュードに話させるため、ユウリィは切り出した。
 正に、最後の望みに相応しい。最後だけでいいから、本当の事を言ってほしいのだ。

「わたし、兄さんに会いたい…」
「…ッ」

 びくり、とジュードが体を震わせるのが分かった。彼は怯えているのだ。
 ユウリィが本当の事を知って絶望するのが。
 例え絶望しても、ユウリィは事実が知りたかった。もう、隠されるのはうんざりだと。
 どのみち、もうすぐ自分はここからいなくなる。

「ねえ、ジュード、教えて…? 兄さんは、一体どうなったの?」
「クルースニクは…、生きているよ」
「本当に?」
「本当に。ここには来られないけど、でも」

 あくまで、生きていると彼は言う。それなら、と言葉を繋いだ。

「兄さんを、…探して」
「ユウリィ?」
「…わたしの最後の頼みよ、お願い、ジュード」
「最後、なんてやめろよ」

 はぐらかさないで。反論しようとしたが、自分の咳に止められる。
 激しい咳は止まる気配が無い。
 血の混じった咳を見るにつけ、ユウリィは終わりがすぐそこに近付いている事を自覚せずにはいられなかった。


つづく


→5へ
→WA小説へ
→home