目を閉じて、その時を待つ5 -Jude Side


 頭の中は真っ白になったまま。
 時折脳から伝えられる情報はユウリィのうねった、それでも艶のある茶髪と。
 意志ある、あの目。
 今更だ。本当に今更だ、と思う。
 当時はユウリィに嘘を吐くつもりで隠したわけではない。
 どう言ったら良いのか分からなかったから。
 大人になったらきっと相応しい言葉が自分の頭にはある筈だと信じていたからこそ当時は何も言わなかったのだ。
 けしてそれはクルースニクの生存を信じていたわけではない。
 ましてやユウリィに彼が生存していると思わせるために黙っていたのではない。
『…兄さんを、探して』
 それは拷問だ、ユウリィ・アートレイデ。
 ユウリィだって本当は信じているわけではない筈なのだ。
 ただ一縷の望みに賭けているだけで。
 しかしだからといって、どうして自分がユウリィの頼みを断れるだろう?
 今更彼女に、実はクルースニクは死亡しているなんて言える筈が無い。
 蝋燭の炎のように儚くなっている彼女に、それこそ命の炎を消しかねなかった。
『…わたしの最後の頼みよ、お願い、ジュード』
 そう言われたら断れない。
 君は、卑怯だ。
 いないと分かっているのに。それでも探しに行くなんて、ひどく滑稽で。
 滑稽すぎておかしかった。

 旅立ちの日はユウリィには告げなかった。
 聞けば、彼女は期待するだろう。失望させたくなかった。
 ただ彼女には仕事が忙しくなるからしばらく見舞いにはこれない、とだけ伝えて。
 こんな時、アルノーがいてくれれば良かった。
 彼ならば頭の回転も早いし、彼のよく言っていた「剃刀のような思考」とやらでクルースニクの行方(或いは、この世界にはいないと言えるだけの証拠)も見当が付くかもしれなかった。
 だが。10年前に別れて以来音信普通で、どこにいるのかもジュードは知らなかった。
 どうあっても、ひとりで探す他ないようだった。
 ひとつ小さなため息をついて。ジュードは重い足取りでハリムを旅立った。
 向かうは、ポートロザリア。
 ジュードが唯一知る、クルースニクと面識のある女医に会うために。



 ポートロザリアは10年経ってもポートロザリアのままだった。
 相変わらず雑多かつ適当そうな雰囲気だった。
 昔行った「海風の潮風亭」もそのままで。あの味を思い出し、何とも言えない気持ちになる。
 ジュードはモルガンの元へと急いだ。
 情報など無いと分かり切っていても、どうしてか逸る鼓動を抑えつつ。
「先生ッ」
 病院に着くと早速ばん、と扉を開け放しモルガンを呼んだ。途端しッ、と窘められる。
「入院患者がいるんだよ、静かに」
 そこにいたのはモルガンその人だった。
 反射的に謝りつつ、そっとモルガンを見遣った。
 元から大人である所為か、モルガンには10年分の変化はあまり無いように思えた。
 それでも少しだけ、ほんの少しだけ目元に浮かぶ皺を認めた。
「お久しぶりです。ジュード・マーヴェリックです」
 自己紹介すると、モルガンはしばらく胡散臭そうな顔でジュードを眺めていたが、閃いたようにぽんと拳で掌を打った。
「ああ、あの時の! へえ、大人になったもんだね」
 ポートロザリアに出た怪物、ジェレミィを倒した小英雄としてジュードたちの名前はポートロザリアで有名になっていた。
 それはモルガンにとっても例外では無かったらしい。
「何か用なの、小英雄君」
「はい、…」
 大人、という言葉に敏感に反応ししながらジュードは言葉を探した。
「人を探しているんです」
「人? でも私が役に立てるかな」
「いえ、先生はきっと覚えていると思います」
 ひとつため息を吐くと、ジュードはゆっくりとクルースニクについて尋ねた。
 覚えている筈だった。彼を。
 ジェレミィ騒ぎの時と重なる彼の出現。そしてジェレミィ退治に一役買ったクルースニクの事を。
「あの時の…ナゲヤリ君?」
 思い出しはしたが、モルガンは解せないという顔で小首を傾げた。
 なぜ、と表情が何より雄弁に語っている。
「その人の妹が、彼の事を探しているんです。何か情報をお持ちではありませんか」
 既に10年前の事だ。
 モルガンにとってみても、クルースニクの顔など覚えている筈が無い。
 10年間の間で一度でもクルースニクがここを訪れていれば話は別だが。
 訪れているわけが無い、なぜならば彼は既に死亡している。
 結局のところ完全にこの世にいないという証拠がほしくて聞いているのだ、とジュードは嘆息した。
「知らないな…君が言っているのは、あの時以来彼がここを訪れたかどうか、でしょ? そういう意味なら答えは否だよ。だから行方も、残念ながら分からない」
「そうですか…」
 予測している答えに、かなり近かった。
 彼が生きているにしろ生きていないにしろここに姿を現す事はないだろう。
「役に立たなくて、悪いね」
「いえ」
 ですが、と付け加えるのは忘れなかった。
「もし今後彼がここに現れる事があったら、僕に連絡して下さい」
 言い、住所を記したメモを渡した。
 彼女が受け取るのを確認してから、ジュードは静かにもうひとつ用件を口にした。
「それから、もうひとつ用件があって」

 むしろ、それが本題だと言って良かった。


つづく


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