目を閉じて、その時を待つ7 -Jude Side


 そんな事より、重要な用が本当はあって。ジュードはそれを静かに口にした。
「それからもう一つ用件があって…診てもらいたい病人がいるんです」
 言うまでもないが、ユウリィの事である。
 ユウリィは病院へ行くのはおろか治療する事さえ嫌がっていたが、ジュードは引き下がるつもりは無かった。
 必ず良い医者を見つけて、治してみせる。
 そういう、固い意志。

 連れて行きはしない。…クルースニクの元へは。

 ああ、とモルガンは手で制止させると嘆息した。
「悪いねェ…実は今、それどころじゃなくてさ」
 カーテンの向こうにあるのだろうベッドを控えめに指し示す。
「この前沈没事故があってね。そっちに懸かりきりで、とても他の患者を診てる余裕が無いんだ」
「沈没事故?」
 聞いていない。そんな話は。
「ああ、ハリムから来たんだったらまだその報道は聞いてない筈。ホントに昨日とかその辺の出来事なのよ」
 目を逸らして、言いにくそうにもごもごと呟いた。
「原因は過積載だって。全く、少し世の中がマシになったかと思えば、すぐにこれなんだから」
「では、どうあってもこちらには来ていただけないと?」
「そうじゃないよ。ただ、今は無理。せめてあと3日頂戴。あの患者がちゃんと意識を取り戻すまで私はここから動けないから」
 何と間の悪い。ジュードは舌打ちを堪えてその場に踏みとどまった。
 ただ、よくよく見ると気付いたのが彼女の目の下の隈だった。
 患者の命を救おうと、彼女も懸命なのだ。
 自分だって、懸命だ。モルガンに負けないくらい救いたいと思っているのだ。
 モルガンに治療されている患者が、いっその事憎かった。
 お前がいなければモルガンを連れて行く事が出来るのに。
 …どうしてこんなに上手くいかない。
「代わりと言っちゃ何だけど。いい医者を紹介するよ。ギャラボベーロにいるブラッキーって闇医者なんだけどさ、特別料金支払えば病人も診てもらえるから」
「それじゃ間に合わないんです!」
 堪えきれなくなり、ジュードは叫んだ。
「ユウリィが…っ、ユウリィが死んでしまうよ…!」
 ずっと心に仕舞い込んでいたものを、無理矢理引きずり出してジュードは叫んで。
 ずっと心に思っていた可能性が徐々に大きくなるのを感じて、ジュードは少し泣いた。



 ハリムに戻ったジュードはその足で学校へと立ち寄った。
 もう、今からギャラボベーロに行ったところで間に合わないだろう、という思いがある。
 そして同時に考えられる事が、ブラッキーは人を助けるよりも切り刻む事の方を選ぶだろうという事だった。
 息が止まったのを確認してからの事を考えると、何をしでかすか分からない。
 さくさくと落ち葉を踏む音を噛み締めながら、ユウリィが教師として生きた学校へとジュードは向かっていた。
 既に夕暮れ、人気は無い。
 ジュードは学校に辿り着くとユウリィの使っていた教室まで行き、そっとドアにもたれかかりユウリィのいつもいる辺りを見た。
 ユウリィがいなくとも、ユウリィが教鞭片手に生徒達に言葉を教えている姿が目に浮かんだ。
 もう教職に復帰する事は無理なのだろうか。
 いつかのように。授業をしていた時に、そっと覗いた時に見えた笑顔は。
 …もう見られないのだろうか。
 その時ユウリィの机に、何か不自然なものを感じた。
 何かが足りない?
 鉛筆や消しゴムと、それらの雑貨と同等に並べられていた筈の何かが足りない。
 じっと見つめて、愕然とした。
 オルゴールが無いのだ。
 ユウリィがお守りだと言って常に教室に置いておいたオルゴールが。
 一瞬ののち、ああ、と納得して息をついた。
 子供たちが見舞いの品として持っていったに違いない。
 お守りだから、と。ちゃんと先生に戻れるように、お守りを近くに置いておいて、と。
 …それでも胸に残るこの釈然としない思いは何なのだろうか。
 あのオルゴール。
 昔の事を思い出す。ユウリィに見られないようにオルゴールを何気無く置くのは至難の業だった。彼に渡されたオルゴールを。幸いにしてユウリィは気付かなかったようだった。あれ以来、二人の間でクルースニクの事は終わったのだ。
 はっ、とする。クルースニク?
 そんな、馬鹿な。
 クルースニクは死亡している筈。子供達がオルゴールを持っていった筈だ、だがもしも。
 クルースニクがユウリィに手渡しに行ったのだとしたら?
 ぞっとする。頭の回転はこれ以上無いというくらいにまで速まる。
 なら、辻褄が合う。子供たちが持っていったのだ、と聞かされるよりそれはすとんと納得出来る話だと思えた。
 生きていない。そのつもりでモルガンに会いに行った。
 この目で見届けた。だからそれを真実とした。けれど。
 …本当は生きていたんだとしたら?
 彼は妹の死の間際に何をするだろう。考えられる事は一つだった。

 彼は、オルゴールを渡すつもりだ。

 顔面から血の気が引いていくのが分かった。二人を会わせてはならない!
 クルースニクの望むと望まざるとに関わらず、ユウリィは今度こそクルースニクと共に行ってしまう。

 ジュードは駆け出した。
 …ユウリィの待っているだろう家へと。


つづく


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