穏やかな100のお題21〜40


:ED後かつ兄帰還後・同居設定・舞台は全てハリム
全て超SSSで兄と妹がひたすらラブラブしているだけです。001は設定説明。

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021 桜並木
 二人で桜でも見に行こうという話になった。ハリムの桜、といっても山に咲く素朴な山桜の事を指すのだが、実物を見るのは初めてに近い二人は感激する事しきりだった。
「とってもきれいですね、兄さん」
「心が洗われるようだな。…あ」
「え?」
 突然兄がこちらに手を伸ばしたので、ユウリィはどきどきしてしまって身動き出来なかった。何をするのかと妙に緊張しながら待っていると、クルースニクはユウリィの頭に触れた、それだけだった。
「花びらが…」
 ついていた。それだけだったらしい。何だか変にがっかりしてしまう。それに気付いたのか、クルースニクの口の端に微笑みが浮かんだ。
「残念そうだな」
「…そんな事」
「なら、これなら満足してくれるか?」
「…!」
 二人の姿を、一瞬だけ風に吹かれた花が覆い隠した。

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022 洗いたて
 連日のようにシーツを洗っているような気がする。と、ユウリィは深い溜め息をついた。真っ白なシーツははたはたと風に揺れて、いかにも自分が無実だと証明してみせている。分かっている、罪があるのは兄と自分だ。…特に兄だ。
 振り返れば、いつも通りの涼しげな顔の兄がいるのにも妙に腹立たしい。手伝ってくれたのは嬉しいけれど――大体、兄が毎日毎日求めなければシーツだって洗わずに済むのに。半眼で見遣ると、クルースニクはその視線にあからさまにうろたえた。
「…すまない…」
「もう…仕方ないんだから…」
 24歳が15歳のご機嫌取りに奔走しだすのは、もうすぐそこ。

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023 てるてる坊主
 朝から降り続く雨に、ふうとユウリィは小さなため息をついた。
 今日は、兄と一緒にピクニックに行く予定だったのに、その予定を覆すそれ。ユウリィはカーテンを押し遣ると、またひとつため息をついた。そのためにお弁当だって用意したのに。
 隣にいる兄を見遣れば、自分とは違ってそう残念そうでもなかった。不思議に思いながらも、問い掛けた。
「これじゃ、ピクニックに行けませんね…」
 今日はどうしましょうか? と問い掛ければ、返ってきたのは予想だにしない一言だった。
「雨なら、室内で楽しめる事があるじゃないか」
「――え」
 クルースニクはユウリィの肩を抱いた。その熱の篭った掌に、ユウリィは何とも言えない予感を感じた。予感。この掌が自分に期待している事。
 そしてそれを、多分自分も期待している事。
 ユウリィは何も言わず、降りてくる彼の唇に全てを委ねて、ゆっくりと目を閉じた。

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024 朝日
 徹夜で仕事を仕上げようとする兄に付き合っていたら、気付かぬうちに朝日が昇っていた。書斎に篭っていたクルースニクはリビングで縮こまっているユウリィを見て随分と驚いていた。
「待っていて…くれたのか?」
「はい。兄さんと同じ時間を、過ごしてみたくて」
「ユウリィ…気持ちは嬉しいが、寝なければダメだ。今後は俺に構わず先に眠ってくれ」
 確かに勝手に待っていたのだから迷惑に思うのは分かる。けれど、そんなふうに怒らなくたっていいのに。
「…ユウリィ?」
「…」
「言い過ぎた…すまない」
 それも分かっている。兄が、こちらの健康をいつも気遣っているのは。けれど、それをするのは自分の仕事だ。兄は自分の事を顧みようとはしないから。
 だから、いつもとてもすごく心配。

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025 水遊び
 気のおけない友人達と水遊びに行く事になった。一応こういう事は報告しておかなければならないと、ユウリィはクルースニクに今週末の予定を告げた。
「今度水遊びに行くんです」
 勿論、全員が女である事を言うのを忘れない。ひとりでも男が混じっていようものなら許可してくれないだろうから。
「水着は買ったのか?」
「え? …あ、そういえば」
「なら、水着を買わなければな。…買う時には、俺もついて行こう」
「に、兄さん…?」
 それは、どういう意味なのだろうか。やっぱり水着にあれこれと口出しした挙句に散々試着させるつもりなのだろうか。丸分かりな下心だった。

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026 つめきり
「ユウリィ…つめきりは何処にいった?」
「だから、洗面所の上から2番目の引き出しの手前にありますって、わたし前も言いましたよ?」
「そう…だったか?」
「そうですッ!」
 そのタイミングで、ふ、と口の端から笑みを漏らすクルースニク。
「お前はすっかりこの家の主だな」
 兄ではなく、自分が? 
 そうかもしれない。何にも出来ない兄の代わりに、自分が全て取り仕切っているから。
 ひょっとして、兄をますますダメにしているのは他でもない自分なのかもしれない。

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027 ティータイム
 いつもの昼下がりのティータイム。ユウリィはポットを火にかけながらクルースニクに尋ねる。
「今日はダージリンにしますか? それともアッサム? 最近は気温も上がってきたから、冷たいアールグレイでも美味しいでしょうね」
「そうだな…今日は俺が淹れよう」
「えっ?」
 質問の答えになっていない。兄を見つめれば、紳士的な目線とぶつかった。
「たまには俺にもやらせてくれ」
「はあ…」
 何だかウキウキと嬉しそうなので、とりあえずまかせてみる。何やらご機嫌だ。理由はよく分からない。けれど、兄に給仕してもらうというのも新鮮で、嬉しいものをユウリィは感じた。

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028 焼きたて
 久しぶりに、パンを焼いた。立ち昇る温かくて甘いパンの香りに、それだけで満腹になりそうだ。横からひょいとクルースニクが顔を出して「美味そうだな」と告げた。
「そりゃ勿論、愛が詰まってますからね」
「そうか。…道理で、美味い筈だ」
 そう深い意味で言ったつもりは無かったのに、返って来たのは照れ顔とどこか含みのある返答だった。
「…兄さん?」
「…お前が…愛、だとか言うから…」
 そうしてモゴモゴと口の中で意見し続けるクルースニク。
 今日の兄は、何だか可愛い。それが妙に嬉しくて、ユウリィの頬に朱が差した。

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029 しずく
 水も滴るいい男。それが、ユウリィの目の前にいる。
 会社帰りの兄は傘を忘れたらしく、見事なまでの濡れねずみ状態で帰宅した。慌ててタオルを取りに走りながらも、ユウリィは「もう!」と頬を膨らませながら説教する事を忘れなかった。
「もう! だから傘を持っていけって言ったんじゃないですか! もう!」
「すまない…」
 タオルを持ったまま、背伸びして兄の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。タオルはあっという間に水分を含んで重たくなる。すっかり申し訳なさそうに項垂れる兄に、少しやりすぎたかと反省する。
「まず着替えて来て下さいね。それから夕食にしますから。あったかい飲み物用意しましょうか?」
「ああ、頼む」
 ぱたぱたとリビングに走っていけば、その後ろから声が掛けられた。
「…ユウリィ…」
「はい?」
「心配してくれて、ありがとう。…嬉しかった」

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030 はちみつ
「近所のおばさんから蜂蜜をいただいたんです。折角だからトーストにでも塗って食べてみませんか?」
「…いや…俺は遠慮させてもらおう。ユウリィは好きなだけ食べたらいい」
 クルースニクは甘いものがあまり好きでない。誘っても、断られるだろうとは思っていた。蜂蜜なら料理にでも使えるし、ユウリィにとっては兄が断る事も想定の範囲内だった。
「分かりました…それにしても、兄さんってどうして甘いものが好きじゃないんですか? 美味しいのに…」
 その辺の年頃の娘と同じように、ユウリィも甘いものが人並みに好きである。だからこそ兄の言うところが理解しがたい。
「…俺は、世界で一番甘いものを知っているから」
「世界で一番甘いもの…?」
 何の脈絡も無く、クルースニクはユウリィに、そっと口付けした。
「?!!!!??? なッ、兄さん…ッ」
「…ほら、甘い」
 どうやら、珍しく兄に一本取られたらしかった。

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031 噴水
 今日は日差しがきつくて暑い。額に浮かぶ汗を、ユウリィはハンカチで拭った。見れば、隣にいるクルースニクが全く同じタイミングで同じ事をしているのがちょっとおかしかった。
 とはいえ、今日は買出しの日。数日分の食料をまとめ買いしておく必要がある。がやがやとした市を通りつつ、必要なものを買っていく。
「…見ろ、あれを」
 荷物持ちの兄が囁いた。指差した先を見れば、子供達が噴水ではしゃいでいた。微笑ましく、かつ夏らしい光景にユウリィの口元も緩んだ。
「可愛らしいですね」
「そうだな。…お前のあのぐらいの時期も、可愛かった」
「…何ですか、その過去形は」
「あッ…いや、これは…その、そういう意味ではなく…」
「じゃあどういう意味なんですかッ!」
「いや、だから…」
 雉も鳴かずば撃たれまい。

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032 赤い頬
「どうかしたのか?」
 その呼び掛けに、ユウリィはぼんやりとする感覚のまま「はい?」と答えた。
「風邪でも引いたのか? 顔が赤い」
「あ…そうかもしれません」
 自分で、自分の額に手を当ててみるがよく分からない。自分の手そのものが熱い所為かもしれない。もどかしそうな表情でユウリィの一連の動作を見守っていたクルースニクは体を折ると、ユウリィと同じくらいの背になり額と額とをくっつけた。
 突然の兄の行為に、ユウリィは驚きを隠せない。
「兄さん…ッ」
「じっとしているんだ。熱が測れない」
「あ、あの、でも…」
 かえって熱が上がりそうなのを、この人は分かっているんだろうか。
 顔が、近すぎて。発熱どころか沸騰しそうだった。

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033 さえずり
「…ん…」
 耳に届くのは、雀か何かの囀り。心地よいその声が、静かにユウリィを覚醒させた。
「…?」
 急に飛び起きる。ぱっ、と払った布団もそのままに、ユウリィは時計に飛び付いた。
「…8時…!!」
 完全に、寝坊だ。慌てて兄を起こしにかかる。どうして目覚ましが働かなかったのか、それは分からないがとにかく大問題な事だけは分かっている。
「兄さん、起きて下さい! 遅刻ですッ!」
 無防備な兄の寝顔を見つめている時間も、今日は無い。がくがくと揺さぶれば、不機嫌そうにその整った眉が顰められた。
「どうした…?」
「どうしたも、こうしたも、遅刻ですッ」
「…今日は…土曜、だろう、ユウリィ…」
「え…あれ…?」
 クルースニクはユウリィを腕の中に閉じ込めると、そのまま有無を言わせず布団の中へと逆戻りした。今日が土曜か、そうでなかったか、どちらでもいいと言わんばかりの態度。
 その温かい腕は、ユウリィに抵抗する気を失くさせるのに十分だった。

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034 ビー玉
「――あ」
 雑貨屋でふとユウリィが足を止めたのは、そのビー玉が目に入ったからだった。隣にいたクルースニクが口元に微笑を湛えて尋ねた。
「どうかしたのか?」
「見て下さい、ほら…ビー玉」
 青や赤。色取り取りでちらりちらりと光を反射する、子供のおもちゃ。
「買うのか?」
「うんと…考えておきます。…わたし、こういうので遊んだ事が無いから、見るとつい欲しくなってしまうんです」
「雑貨として買うのもいいけれど――遊ぶのなら、付き合う」
「え?」
「俺も、ビー玉では遊んだ事が無いから」
 二人揃って、欠落しているのは子供の情景。けれどそれも、これからの長い道のりできっと埋めていける。

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035 花束
 クルースニクが差し出したのは花束だった。何の前触れも無く渡されたそれに、ユウリィはただ戸惑う事しか出来ない。今日は自分の誕生日でもないし、何かの記念日でもない。
「あの、これ…?」
「受け取ってくれないか」
「あ…ありがとうございます。でも一体どうして…?」
「何か理由が無ければ、贈ってはいけないのか?」
 直訳。「理由は無いけれど贈りたかった」。まこと、兄の言葉は回りくどい上に肝心の部分が足りない。
「…嬉しいです」
 一体どんな顔をして花屋に向かったのだろう。それを思うと、ますます兄への愛情が募る気がした。

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036 公園
 公園で遊んでいる子供たちを、ユウリィは瞬きもせず見つめている。はしゃぐ姿、喧嘩する姿、終いには大声で泣き出す姿。どれも、自分は体験せずに越えてきてしまったものだ。
「羨ましいか?」
「…ちょっとだけ。…だけど」
「『だけど』?」
「あの過去があって今があるのなら…わたしは過去を恨んだり、しません。今兄さんが隣にいてくれてる…それが、一番大事で重要な事だから」
 兄の手を取って、ぎゅっと握った。今は無性に彼の熱を頼りたかった。

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037 あくび
 ふわああ、と欠伸をする兄を見て、ユウリィはぎょっとして茶を載せたトレイを取り落としそうになった。
「…どうした?」
「い、いえ。そんな事より、お茶持って来ました」
「ああ。ありがとう」
 空になったトレイで口元を隠しながら、ユウリィは兄の部屋を小走りで立ち去った。
 兄が、欠伸をしていた。そんな事もあるんだ、と衝撃が隠せなかった。クルースニクと欠伸。どうやっても繋がらない。一体どれだけ兄を理想化しているんだ、と自分を叱った。彼だって欠伸くらいするだろうに。
 他の人は絶対に見られないであろう特別シーンを見てしまった気がした。

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038 おもてなし
 兄の同僚が、この家に遊びに来る事になった。朝からユウリィは掃除やら料理やらでてんてこまい状態だ。
「もうッ、少しは兄さんも手伝って下さい」
「…それ程ムキになって片付けなくても、普通のままの状態じゃ駄目なのか?」
「そんなの許されません。はい、モップ掛けますから隅っこにいて下さい」
「…」
 叱られてムッツリしていた兄は、突然行動を起こした。せっせとモップを掛けるユウリィを後ろから強く抱き締めた。
「に、兄さんッ?!」
「…お前があの同僚に構うのが、面白くない」
「んっ、耳…」
 …その後、掃除も料理も半端になったのは言うまでも無い。

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039 ふわふわ
「あ、ねこ」
 何処の家からやってきたのか、或いは野良か、とらねこがこちらにとことことやって来た。
 膝をついて呼んでやれば、人馴れした様子でこちらに近づいてきて、ユウリィの伸ばした腕に擦り寄ってくる。そのふわふわの感触にユウリィは顔を綻ばせた。
「かわいい…」
「ペットに興味があるのか?」
 尋ねてきたクルースニクに視線を向けないまま、ユウリィはねこの顎の下を触った。ねこはそれが気持ちいいのか、ぐるぐると喉を鳴らし目を閉じる。
「犬かねこか…飼うのもいいかもしれませんね。二人では、あの家は広すぎますから」
 二人の世界に新しい風を。それも、いいかもしれない。

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040 なでなで
「兄さん、これで合ってますか?」
「ん、」
 まだ15歳だからと学校に通わされる事になって初めて気が付いた事がある。修道院で神学や簡単な読み書きを習う以外は初めての事ばかりで、勉強はとても楽しい。楽しいけれど、数学と理科はちょっと苦手だ。今日もユウリィは宿題をクルースニクに見てもらっていた。彼はさすがに涼しい顔のままでさらさらと解答を説明してくれる。
「合っている。よく出来たな」
 そうして、褒めているつもりなのかユウリィの頭をなでなでと撫でてくる。嬉しいような、でも子供扱いされているような、複雑な気分にユウリィはなった。

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