さばくのほし/あいのきせき(3)


 彼はこれ以上無いというくらいまで真剣に空を見ていて、それから何も喋らない。
 彼の言った事は冗談ではなく、どうやら本気らしいと判断して、ユウリィも真似するようにもう一度空を仰いだ。
 その街の名は出来れば聞きたくなかった。ジュードや、あの街の人を巻き込んでしまったという罪悪感は今でもある。気にするな、と人は言うけれどあの出来事が無ければジュードはずっとシエルにいられた筈だったのに。
「すごい発見でしょ!」
 ジュードはこちらの気も知らず上機嫌でにこにこしている。
 ジュードだけではない。シエルに住んでいた人にとってみれば、ユウリィは故郷を滅ぼす原因を作った疫病神と言えるのだ。気に病まない方がどうかしている。ジュードにはユウリィを責めるつもりなど毛頭無いのだろうけれど、それだけにかえって塞ぎたくなる気分を感じた。
 無邪気なのはいいけれど、それは時折こちらにばつの悪さを感じさせる。
「どういう原理なのかは分からないけど…あれはシエルだよ、絶対に!」
「…どうしてジュードは、あれがシエルだって分かったの?」
「センセイが教えてくれたんだ。あっちの方向にシエルがあったんだぞって。そしたら、その方向にあの欠片が見えたから」
「そうなの、アンリさんが…」
 ジュード専属の武術の師匠の名を聞いて得心がいった。なれば、あれはシエルなのだ。 ファルガイア上のどの位置にシエルが存在しているか、把握している筈だ。
「あんな破片でも、ジュードの故郷なのね」
「うん。二度と帰れなくても、あの欠片が僕の故郷だよ」
「…」
 故郷。思えば、自分はそんなものを持たない。
 物心付く頃には既に白い孤児院にいたのだ。そのあとは義父と共に各地を点々とする日々を送っていた。どこかを故郷に据えるだけの土地に対する執着心は無い。
 これが兄ならば、また違う答えを用意するのだと思う。兄は自分とは違って、故郷が何処であるかを知っている。9歳差は、思うよりもずっと大きい。父も母もいる幸せな子供時代を、彼は経験している筈だった。ユウリィにはそれすらない。
 兄に今更ながら感じるのは軽い羨望だ。
「ユウリィ?」
「ううん…何でもないの。ただ…わたしの故郷は、何処なのかなって思って」
「ユウリィの血筋は、振り返ればバスカーに繋がっているんだよね? 昔、そういう話を聞いた事があったと思ったけど」
「うん…昔、兄さんがそんな事を言っていた気がするの。わたしとしては、バスカーと言われてもそんな特殊な種族が自分だなんて思えないけれど…」
「僕聞いた事ある。ここから南に行った所にある『砂食みに沈む集落』は昔バスカーたちの住む集落だったんだって。もしかしたら、それがユウリィの故郷なのかもしれない」
「『砂食みに沈む集落』…?」
 初めて聞く名に、首を傾げた。
「一面砂ばっかり。でも、家っぽいのがあって、そう言われてみると集落みたいには、見えるんだ」
「そう…なんだ」
 ジュードが説明してくれたのは、ユウリィがブリューナクに攫われて砂上戦艦ガラ・デ・レオンに幽閉されていた際にそこを通ったという事だった。懐かしい単語を山のように聞いて、連鎖的に彼の事を思い出す。止めよう、と思っても思い返すのは本当に彼の事ばかりなのだ。
 何かに気付いたように、ぱっとジュードの顔が輝いた。
「ひょっとしたら、そこがユウリィの故郷なのかもよッ?!」
 とてもいい事を言った、とばかりに彼は褒めてほしそうににこにこしているが、ユウリィはそれとは逆に顔が曇っていく。…ここに兄がいれば、こんな回りくどい手段など必要なかっただろうに。
「…そう、だね」
「そうだ! センセイに聞いてみようよ! センセイなら分かるかもしれないし!」
「え? あっ」
 ジュードはユウリィの内心など構った様子も無く、強引に手を引っ張ってアンリの元へと連れて行く。昔からそうだ。ジュードは人が持つ繊細な部分を読み取るのが不得手だった。
 今はそれが有り難かった。気持ちを読まれたら、何だか泣き出してしまいそうだったから。

「――『砂食みに沈む集落』?」
 村にまで戻ってくると、そのまま駆け足でジュードとユウリィはアンリを探した。村の外れでひとり武術の稽古をしていたその男を見つけると、ジュードは挨拶もそこそこに、その場所の情報を求めた。
 わけが分からない、といったふうにアンリはジュードに対して胡乱な視線を送った。
「それがどうしたんだ、ジュード」
「あのねセンセイ、そこがユウリィの故郷かもしれないんだ、だからそこの情報が欲しくて」
 息を弾ませ、頬を上気させたジュードに対して、隣にいるのは恐ろしく冷静なユウリィだった。最初からそう都合良くいくわけがない。だいたい、故郷が見つかったところで一体どうするのか。何となく付いてきたものの、全くの無計画である自分に気が付いている。
 アンリは振り返るとユウリィを物珍しそうな目で見た。バスカーの民というのは、希少価値の高いものらしいと伺える。
「ユウリィ、お前さん、バスカーの民だったのか」
「そうだと…兄から聞いています。でも、わたしは物心付く頃には違う場所にいたので、何処で自分が生まれたのかは知らないんです」
「そうか、そうだったのか…」
「アンリさん、『砂食みに沈む集落』は一体どんな場所なんですか?」
「いや、教えてやってもいいが…。お前さんにはあの場所は関係ないぞ」
 声音に混じる冷たい響きに、作ろうとした笑顔が強張った。何か、否定的な発言をアンリはしようとしている。瞬時に乾く口内に、舌がへばりついて離れない。
「え…?」
「あの村は30年以上前に廃棄されている。お前さんが三十路過ぎでも無い限り、あの場所とは無関係だ」

 期待していた筈は無いのに、その瞬間に覚えたのは紛れもない失望。


つづく


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