さばくのほし/あいのきせき(4)


 とぼとぼと、アンリの元から家へと戻る道すがら。
 表情を暗くさせたまま、あれから一語も発しないユウリィをジュードがひどく気にしているのは分かっていた。自分が言い出さなければこんな落ち込む事も無かっただろうと、そう責任を感じているのは明白だった。
 森の向こうへと、太陽が沈んでいく。これが真昼だったら良かったのに、夕日が落ちていけば落ちていけばいく程ユウリィの気分も同様に下降していく。辺りは真っ赤に染まっていく。
「ごめんね、ユウリィ」
「いいの、気にしないで。…勝手に期待してたわたしが悪いんだから」
 まさしく自業自得なのだ。
 しばらく、ジュードは鼻の頭を掻いていたが、やがて思い切ったように訊いてきた。
「ユウリィ、あのね、提案があるんだけど聞いてくれる?」
「…?」
 ユウリィは顔を上げ、視線で言葉の先を促した。
「『砂食みに沈む集落』は故郷じゃないって分かったけど、でも…ユウリィがバスカーの民だって事実には変わりないんだよね? だったら、そこに行ってみようよ。『砂食みに沈む集落』に」
 ユウリィが無言で考え込んでいるのに対して、ジュードが上目遣いで訴えてきた。
「故郷じゃなくても、故郷に似たとこって事で、行ってみれば何か分かるかもよ」
 どきり、とした。ただでさえ今全否定されたばかりなのに、そんな地名を知った所で一体何になるのか。行くなど、持っての他。見ても故郷かどうかは、自分には分からない。その虚しさを、体験したくはないのだ。
 ここが故郷なのだ、という感慨が持てればいい。持てるわけがない。何の前知識も無く行ったところで、自分にはそうであるのかそうでないのかの区別さえ出来ない。全くの無知では何も生み出せない。
「…ううん、やめとく。故郷に似た所だって想像つかないのに、そんな所探しても仕方ないわ。例え見つかったとしても、わたしにはきっと分からないから…」
 自分ではなく。
 きっと、兄ならばきっとそれと分かるのだろうけれど。いや…30年前に捨てられた村ならば、知っていたのは兄ではなく自分たち二人の両親だ。両親は、兄にはきっと何度か話しただろうと思う。話で聞いただけの集落を、人が理解しきるのは難しいだろうが、この大陸において砂漠地帯であるその場所の特徴を聞かされていたのなら話は別だ。地図を見たら、兄は一目でそうと分かったのではないかと推測する。
 そうして脳裏に過ぎるその人の面影を振り払い、無理に微笑みを作った。そうして何度でも、消えない痛みを拵える。
「そう? なら、ずっとここにいようね」
「ずっと…」
 憑かれたように、その単語を繰り返した。ずっとここに?
 そんな未来を受け止めきれるのだろうか。故郷が無いのならハリムを故郷にすればいい、ハリムに長く住んでいるうちにきっとそう思えるようになる、自分と一緒ならそれが出来る、とジュードは懸命にそう諭していたが、もうユウリィの耳には入らなかった。
 失ったものはもう手に入らない。人にせよ、故郷にせよ。イルズベイルで兄と再会出来なかったあの日に、自分は故郷さえも失ったのだ。
 結局、自分が探しているのは未来ではなく、過去なのだ。今更ながらそれに気付いて、苦笑したくなった。道理で、この世界を救ったところで全く浮かれた気持ちになれないわけだ。未来が明るくとも、過去を指し示すあの人の姿が無ければ何の意味も無い。
「そうだね、ずっとここにいるよ」
 伝わるか、伝わらないかくらいの小声でそう呟いて、ユウリィは静かに目を伏せた。
 故郷なんて持ってない。そしてこれからも、持つ事は無いのだろう。

 ここに兄がいないのなら、故郷など無くても良い。


つづく


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