聖地に戻ってくるなり、ロザリアは頭を抱えた。
なんと報告したものか。悩みながら、それでも女王の執務室に着いた。ノックして入室する。と、先客がいる。楽しげに話をしているようだ。誰かが入って来た事を感じて二人の会話が止む。
嫌な間。先手を打って会話を始める。
「ごめんなさい。お話の邪魔をしてしまったかしら?」
「いいのよ、ロザリア。いらっしゃい」
アンジェリークが喋っていた相手はマルセルだった。どちらも麗しく、流れるような金髪の二人で、並んでいると絵になる。絵画のようだった。
この中では、ロザリアひとりだけが仲間外れだ。
「…マルセル、そろそろお下がりなさい。私はこれから、ロザリアと大事な話をしなくてはいけないの」
「そうだね、僕はもう引っ込むよ、またね、陛下」
マルセルはアンジェリークに向かって手を振ると、ドアに向かって歩き出した。距離が近くなって、わけもなく鼓動が早くなった。が、勿論何があるというのでもない。マルセルはこちらに向かって僅かに笑いかけると、そのまま真っ直ぐに廊下に出て行った。
「ごめんなさいね、喋っていて」
「いいえ、構わなくてよ。多少のお喋りのおかげで業務が捗るのなら、むしろ願ったり叶ったりですわ。…勿論、わたくしが不在の間に、お渡ししておいた資料には目を通しておいていただけたのでしょうね?」
「…。それより、も」
「何ですの、はぐらかして」
「い、いいから。オリヴィエは、どうだったのよ!」
だんだんアンジェリークの口調が激しくなる。どうせ見てないのだろう。ロザリアは嘆息とともに回答を返した。
「呑んだくれていたわ」
「…そうなの。困ったものね」
「伝言を頼まれているの。『私は帰らない』、と、伝えてくれと」
「何言ってるんだか」
アンジェリークは眉間を指先で押さえると、改めてロザリアをしっかりと見詰めた。
「分かった。あくまでも自主的に戻ってきてくれる事を期待していたのだけど…でも、彼がそういう態度なら仕方ない。彼を説得して連れ帰ってきて。ロザリア、これは特務よ」
「…分かったわ」
特務。
達成するまで他の仕事はやるな。そういう命令だ。唯一女王のみが「特務」を行使する権利を持つ。基本的には、何か非常事態が起こった際に発動される。特務は何よりも真っ先に優先される仕事とみなされる。
「期限は」
「…そうね。十日後。六月十日」
今日が六月一日という現状を考えるに、実質九日間。
オリヴィエがあの態度である以上、相当に厳しい任務となりそうだった。
任務を受けるのに応か否か、それを答える前にロザリアは首を傾げた。
「聞いてもよくって? なぜ、このような特務を発令するに至ったの?」
「というと?」
「女王命令を聞けないあの人じゃない筈。そうでないとしたって、力ずくで連れ帰る事だって可能だわ。それなのになぜこんな説得だなんてまどろっこしい真似を?」
アンジェリークは微笑んだ。微笑みの意味を考えるより先に、ロザリアは畳み掛けていた。
「それに、こう言ってはなんだけれど聖地を数日抜け出す守護聖など他にもいるでしょう、オスカーだとかランディだとか。ただ事前に人に告知しているか否かが違うというだけで。特務に指定する程、これは緊急性の高い任務なの?」
アンジェリークの微笑みは、少しばかり謎めいていて真意が見えない。
「色々質問されちゃったわね。何に答えたらいいのかしら。まずオリヴィエを物理的に連れ戻せないかどうかって事だったわね。出来ない事はないのよ、勿論ね。でもさっきも言った通り、私は守護聖たちの自主性を重んじているの。彼らは奴隷ではないのだから、意思は最重要視されると考えて。強制送還は最終手段だと思ってもらえばいいわ。それをさせないために、彼を説得するのよ」
最後の一言は少しばかり語調が強かった。
「次がなんだったかしら。オスカーやランディにはお目溢しがあるのにオリヴィエにだけそれが適用されない理由? 問題があるのはね、人ではないの。時期なのよ」
「時期? この時期に何かあったかしら」
「でなければ、この任務に期限を決めたりしないわ」
何の時期なのか、それに関する回答は無かったが、それは今回の任務に厳しい終了期限が設けられている事に関連しているのだろう。難しい顔をして黙り込んでしまったロザリアを見て、アンジェリークは慌てて付け足した。
「あのね。くどくどしく色んな事言ったけど、全部忘れてしまっていいわ。だって、いずれ、あなたにも本当の事が分かるから」
そんな結論になっていない結論で、何を納得しろというのか。
「唯一、これだけ覚えておいてくれればいいわ。私は彼に、本当の事を取り戻してもらいたいだけ。それに…ロザリア、あなたならきっと…」
一旦、思わせぶりに言葉を切る。アンジェリークの視線が束の間地面を彷徨った。
「ロザリアなら…彼に…夢を…。いえ、何でもないの」
その曖昧な言葉尻は、何なのだろう。
このタイミングで聞いたとて、この調子ならばはぐらかされてしまうのだろう。そういう予感がある。何しろ一番大事な動機が誰にもわからない。質問するのを諦めて、ロザリアは息を吐いた。ロザリアが不承不承でも納得したらしいのを見て、アンジェリークは小首を傾げた。
「ロザリア、最後の確認よ。あなたに任せても、いいわよね?」
「…」
女王の指令に、実際のところ拒否権など無い。ロザリアは頭を垂れた。
「…。分かったわ。では、時間も有限だから早速行って参りますわ、陛下」
「重ねてよろしく頼むわ、ロザリア」
まるで納得出来ない。出来ないけれど、それが使命ならばやるしかないのだろう。
ロザリアがアンジェリークの執務室を辞す直前。扉を閉じる前に、もう一度だけ声が聞こえてきた。
「きっとあなたしか、彼の夢を救えないから…」
夢を。
その言葉が気にかかり、閉じられた女王陛下の執務室の扉を仰ぎ見た。
…夢を。自分だって、そんな言葉を胸に抱いた事もある。正確にはそんな言葉らしき概念をか。結局は理解しきれないまま終わった。いつか保持していた2つの夢は、あくまでも夢は夢のままとして、現実に咲く事無くほぼ同時に枯れたのだ。
――ひとつの夢が終わる時、わたくしにとってもうひとつの夢も花開く前に終わりを告げたのだ。
つづく
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